続・雨のオーケストラ

 

ずっと雨が嫌いだった

どこにも行けず

家に閉じこもり

心にカビが生えそうになる

外に出たならずぶ濡れだ

 

その日もひどい雨だった

散歩の予定だったのに

このまま籠るのも癪なので

傘差し無理やり外に出た

肩を怒らせ歩いていると

一匹の青蛙と出くわした

 

青蛙はすまして言った

「何をそんなにカッカしなさる

 こんな素晴らしい雨の日に」

なので私は言い捨てた

「兎にも角にも

私は雨が嫌いだからだ」

案の定 青蛙はひどく驚いた顔をした

このオーケストラが分からないのかと

まん丸な目を見開いた

 

青蛙と別れしばらく行くと

今度はカタツムリと出くわした

「何をそんなにイライラなさる

歌いたくなるような雨の日に」

歌うのは蛙の仕事だろ

そう言いたいのを我慢して

おんなじように言い捨てた

「俺は雨が嫌いだからだ

朝から晩までジトジトジトジト

心に苔が生えそうだ」

カタツムリは長い目玉をニョンと伸ばして驚いた

「黄色や緑の苔こそが

この季を彩る至高の絵の具

苔むす岩は私にとって

紫陽花に勝る芸術さ」

いよいよ訳がわからない

あんな湿気の塊のどこが芸術なものか

 

顔を火照らせ歩いていると

蜘蛛と出会った

だが蜘蛛はせっせと雨粒を集め

ペタリペタリと巣に張り付けた

何をしているのかと聞けば

蜘蛛は意気揚々と答えた

「オーケストラの準備じゃないか」

そういや青蛙がそんなことを言っていた

 

土砂降りの中のオーケストラなど

感動できるはずがない

私が呆れて見ていても

蜘蛛はせっせと雨粒を集め

シャンデリアでも作っているのか

もうこちらには見向きもしない

 

向こうの森でやるはずだからと蜘蛛に言われて

なんやかんやで来てみたが

やはり気分は晴れやしない

土砂降りの中のコンサートなど

面白いはずがあるものか

そもそも楽器も楽譜もないままで

どうやって演奏できるのか

 

周りをよく見て驚いた

今まで会った連中がみんないる

青蛙にカタツムリ 舞台裏には蜘蛛もいる

ヒキガエルに牛蛙

ミミズにダンゴムシまで並んでいた

よくよく見れば 葉っぱの陰で

蝶とヤモリが座ってた

 

いったい何が始まるのかと

腕組みしながら待ってみた

 

すると ポツリポツリと雨足が強くなってきた

ずぶ濡れなんざ私はごめんだ

立ち上がり帰ろうとする私を

青蛙とカタツムリが引き留めた

「もう少しだから」となだめられ

私はしぶしぶ座り直した

 

ポツリ コツリとリズムが刻まれ

雨粒と糸のシャンデリアが揺れる

カタツムリがユラユラと目玉を揺らし

蛙の喉がプウと膨れた

いつしか観客たちも

オーケストラに加わっていた

 

気づけば私は聴き入っていた

身体が濡れるのも構わずに

足でリズムをとるまでに

私は魅了されていた

この雨のオーケストラに

 

いつしか雨は止んでいた

観客たちも消えていた

一人夢を見ていたのではないか

そんな気分で帰路に着く

ふと 足元を見ると

小さな双葉が生えていた

 

私が散々嫌った雨は

知らない間に命を育み

音楽を奏でた

誰かの嫌いは誰かの好きで

人知れず世界を回していたのだ

 

次の雨の日 私はきっと外に出る

もう雨の日を嫌わない

あのオーケストラを

小さな小さな友人たちと

聴いて語らいたいものだ

 

≪おわり≫