2日目

 

2日目は炭焼きや薪割り、竹林間伐や竹食器作りなどかなり体力のいるアクティビティを体験しました。

炭も食器もほとんど植物から作ったので、自然の恵みというものをしっかりと実感できました。

 

こういうことをしていると昔の人々の生活を考えずにはいられないのですが、うまく自然の恵みを活かしていますよね。

自然の一部として自然と共存できていたように思います。

でも現代では様々な出来事を経て自然を完全に利用する立場になったので、自然の恵みへの感謝は忘れないようにしたいですね。

このことは自主研修の話につながるのですが...

 

原始的な生活ってやっぱり結構手間がかかるし、昔の人々は今よりずっと寿命が短かったと思うので、何を生きがいとしていたんですかね?

そもそも生きがいとか考える暇もなくて、本能のまま生きていていれば十分だったんでしょうか。

 

中学生のときに、修学旅行で滋賀県に民泊したことがあります。

その時に薪割りを経験していたのですが、さすがに体の動かし方は忘れていました笑

アクティビティとかをしていて民泊のことを思い出すことが多かったです(おそらく後のPartでも出てきます)。

もう何年も前のことですが、民泊のことはけっこう覚えていて、今思うと自然の恵みというふだん実感できないものを実感できたからかもしれないですね。

 

スギとかの比較的柔らかい木は一発でスパンと割れるので気持ちよかったです。

先生は薪割りがそんなに好きではないので、毎年楽しそうに学生が薪割りしてくれて助かっているそうです笑

まだまだ薪割りしたいです!

 

自主研修で印象的だった話は、文化を継承する必要性はあるのかというかなり根本的なものです。

伊豆の人々のように自然と共存した生活もあれば、現代の自然をどんどん利用していこうという考えもあります。

自然と共存した生活をする文化を開発によって破壊しようとすれば、そこで生活している人々が自分たちの文化を守ろうとするのは想像できますよね。

 

推測ですが、どのような文化でも、その中にいる人々はそれを守ろうとするはずです。

しかしその文化が非効率的なもので、手放したほうがそこにいる人々にも得である場合はどうでしょうか?

私ならそれでも文化を手放すことはしないと思います。

 

そこで辿り着いた考えなのですが、文化というのは娯楽・趣味の面が強いのではないかと感じました。

守るのが非合理的でも、精神的にはとても大切なものであって、アイデンティティでもあるんですかね。

 

そんなこんなでこの日も3時間くらい話し合いをして寝ました。

おかげでぐっすり眠れました笑

ちなみに文化を継承する必要性については意見がまとまらないままで終わりました。