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密教僧のブログ

幸せになる人間と不幸になる人間は何が違うのか。目に見えない世界の法則を密教僧が解き明かします。

平成23年(2011年)3月11日に発生した東日本大震災から2年が経過しました。改めまして、不幸にして亡くなられた皆様の御冥福をお祈り申し上げますとともに、御遺族の皆様、また、被災された皆様に衷心よりお見舞い申し上げます。


仏説摩訶般若心経波羅蜜多心経


観自在菩薩。行深般若波羅蜜多時。 照見五蘊皆空。度一切苦厄。舎利子。 色不異空。空不異色。色即是空。空即是色。受想行識。亦復如是。舎利子。是諸法空相。 不生不滅。不垢不浄。不増不減。是故空中。無色無受想行識。無眼耳鼻舌身意。無色声香味触法。無眼界乃至無意識界。 無無明。亦無無明尽。乃至無老死。亦無老死尽。無苦集滅道。無智亦無得。以無所得故。菩提薩埵。依般若波羅蜜多故。心無罣礙。無罣礙故。無有恐怖。 遠離一切顛倒夢想。究竟涅槃。三世諸仏。依般若波羅蜜多故。得阿耨多羅三藐三菩提。故知般若波羅蜜多。是大神呪。是大明呪。是無上呪。是無等等呪。能除一切苦。真実不虚。故説般若波羅蜜多呪。即説呪曰。羯諦羯諦。波羅羯諦。波羅僧羯諦。菩提薩婆訶。般若心経。


願わくは此の功徳を以て、普く一切に及ぼし、我等と衆生と、皆共に仏道を成ぜんことを。


合掌




輪宝

私のところに来る相談の6割位が金運アップのお札作成依頼や相談です。


しかし、これは申しておきたい


正直申しますと、どんなに力のある霊能者が念を込めて作成しても、ご自身の意識が変わりませんと、効果ありません。


金運のお参りや、商売繁盛の祈願を、どこかのお寺でしてもらっても無意味でしょう。


その位、金運アップは難しいのです。なぜならば、世の中のほとんどの方が、お金が欲しいという強い念を出しているからです。


相当な念が必要です。


お金持ちの方は、第一チャクラ、第二チャクラが非常に発達しています。


お金が欲しくば、丹田開発は必須です。


一応、簡単な開発方法をお教えしますが、肛門を締めたり、緩めたりするだけでも

毎日、1000回も続ければ多少なりともエネルギーがアップして金運にも効果があるかと思います。

連動して第3の目も開発されやすくなります。 第3の目が開発されると願望実現能力が抜群にアップします。第3の目開発であれば、以前にご紹介した ヤフオクで売られている「第3の目CD」が良いと思います。世に出回っているCDをいろいろ調べましたが、他に良いものはありませんでした。

私の知人がヘミシンクのハイヤーというCDも第3の目開発に良いと言っておりましたが


ただ、これも申しておきます。


金運が上がっても人格が伴わなければ、確実に散財します。


お金の法則と人の法則は同様であります。


人気のあるところには人が集まります。


お金も同様です。あるところには、集まってきます。


金運アップには、上記のチャクラ開発は必須ですが、同時に性格改善が重要です。


お金に非常にお困りの方は、はっきり申し上げるならば


何かしら人格に問題がございます。


自己中心的、一般常識の欠如が多いようです。


他人を幸な気分にさせられるような波動が出れば、おのずとお金は集まってきます。



お金の相談が毎日のようにありますが、きちんとしたメールの文を書けない方も実に多いです。


まず、きちんとした文章を書く事を覚えるのが先決かと思います。


人から好かれない人=金運の悪い人 と お考え頂くと分かりやすいかと思います。








良く悪い事をすると地獄に行くといいますが


地獄とは何でしょうか!?


地獄絵図などありますが、ほんとうにあのような場所(霊界)があるのでしょうか?


あのような場所はありません。


しかし あると言えばあります。


では、どこにあるのでしょうか?


人間の心の中にあります。


人間の意識レベルにあります。


六道輪廻という言葉を聞いた事があるかと思いますが


地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上の6つの世界(心の世界)が存在します。


地獄絵図は自分の想念が生み出した世界です。


悪い事をすると地獄に落ちると言いますが

正確には、自ら地獄を選択して行きます。


例えて言うなら ゴキブリは湿った暗闇を好んで、そのような場所へ行きますが・・・


人間も争いが好きな人間は、好んで争いが起きるような場所へ行きます。

そして、争い、自滅して行きます。その心が修羅や地獄です。


お互い高めあい、助け合うのが好きな人は、その様な場所へ行き

さらに魂が向上して行きます。その心が天国です。



このように、人間の世界も様々な人間の層で出来ています。

あなたは、どの層(地獄or天上)に位置していますか?


人は亡くなると、霊界では、さらに同質の法則で繋がり

同じ精神レベルの魂同士で群がります。


人間界で争いが好きな人は、霊界へ行ってからは

さらに争いの好きな魂同士で集まって、争いが絶えません。


しかし・・・


自らの魂が好んでそのような場所へ行くため

本人は居心地がいいのかも知れませんね・・・









簡単に分かりやすくご説明しますと


人間には、様々な波長 周波数がございます。


そして、似た波長の人間同士が引き合って人間関係が出来あがっています。


いわゆる似た者同士 類友の法則


ネガティブな人間 不幸な人間 人の批判や悪口を言う人間 は 低い波長での繋がりで、さらに

不幸のスパイラルになっていきます。


逆に幸せな人 ポジティブな人 常に感謝の念を持ち 物事をプラスに考える人間は

高い波長での繋がりができて、さらに幸せになっていきます。



ここからが大事です


霊の世界は、さらに同質の法則になっており、波長が違うと一切霊同士交わる事がありません。


人間の世界で言うならば


殺人を犯すような人間(究極に低い波長)と、人の命を救う人間(高い波長 ※菩薩とも表現する)

が交わる事は確実にありません。


現世では、人間と霊が無意識に関わってしまう事があります。


交通事故が良く起こる場所


自殺が多い場所 等


その様な場所には、負の想念 低い波長が残留しています。


自縛霊と表現する人もいます。


そこへ低い波長の人間が行くと、無意識に波長が合ってしまい


事故に遭ったり、自殺してしまったりします。


人間同士でも始めて会った人と考え方や雰囲気、感性が似ていると(波長が同じ)だと

すぐに仲良くなったり、友達になったりする事があります。

低い波長同士で繋がれば、仲良くはなれど、時間が経つにつれて

お互い陰口を言い合い、騙し合い そしてお互い不幸になってゆきます。


これと同じ事が、人間と霊でも起こります。


低級霊と波長が合ってしまうと不幸になり


高級霊と波長が合えば、様々な良いひらめき(啓示)を得て幸せになっていきます。



高い波長の人の特徴=素直・明るい・人の悪口、陰口 等を一切言わない。心の中でも思わない。


低い波長の人は、その逆です。



ちなみに、通り魔などに遭われる方は、波長の法則で言うならば

偶然遭うのではなく、必然であります。


通り魔(低い波長の人間)と意識が合ってしまったために

被害にあってしまいます。


高い波長の人間は、仮に事故現場に出くわしたりしても間一髪で助かり

命を落とす事はありません。








初詣で、厄除けのお参りや、厄除けの祈願をお寺・神社などでしてもらう方もたくさんおられると思いますが


霊的な能力がある人は、いかない人も多いと思います。


お寺・神社自体がパワースポットになっている場合は、行くと心身の穢れが払われ


運気が上がりますが、祈願はしてもらってもあまり意味がありません。


賑やかになっている場所は、欲望や邪念が渦巻いており、逆に運気が下がってしまうでしょう


そのような場所へ行くなら滝にを見に行ったりする方がよほど良いでしょう。


年末年始になるといろいろ厄除けのCMが流れますが


その様な場所で、場所の波長が良く、行くと運気が上がる場所は見た事ありません。


私が、今まで見てきた中で良い場所は


群馬県の榛名神社は、行くと良いでしょう。あの場所自体がパワースポットになっています。

鳥居をくぐると、空気が変わります。

行くと身体が浄化(厄除け厄祓い)されます。


和歌山の高野山も別格です。


時間に余裕の無い人は


お風呂に塩と酒を少し入れて入ると良いでしょう。


欲望渦巻く寺や神社へ行くよりよほどよいでしょう。









「怒りの波動」暴言を録音し、流す部屋にネズミを入れておくと、すぐに亡くなるとの実験結果があります。



またその人が言った暴言を、自分の潜在意識が察知し興奮しまたその上から暴言や怒りを表す事も多々あります。

潜在意識は、誰が言ったかを認識しないのである。

したがって、周りの人が言っても自分の潜在意識は、それに反応してしまうのだ。


言葉は、使い方によって幸せにも不幸にもなる諸刃の剣


怒りが生じたならば、私はある真言(マントラ)を唱えるが


普通の方は、「ありがとう」と心の中で言うがよろしい


「ありがとう」の波動は、強力なるプラス波動を持っております。


何かに感謝の念を持ちながら常日頃、ありがとう と言うと良い


そうすれば、運気が好転していく


お手軽な、そして一番効果のある開運法である。





宗教の目指す真理は1つです。

宗教によって一長一短ございます。

真理と言う山に登るのに人によって様々な登り方がございます。

登り方の違いが、宗教の教えの違いです。

どんな登り方をしようが最終的に真理(悟り)に辿りつけば良いのです。

したがって本物の宗教は自分の教えが一番正しいとはいいませんし、他宗を批判する事もありません。

他人の価値観や宗教観を批判する者は、精神的次元が低いと言えます。

人が何を考えようが自由です。自分の価値観を他人に批判される理由もありません。

本物の宗教は争うためにあるのではなく、人が幸せになるためにあるべきものです。 

自分の信仰する教えが1番だと言い、他宗を批判する宗教があるならば、それは宗教ではありません。

邪教であり、精神レベルが低い人の集団と言えましょう。


そんな邪教に入会して幸せになれるはずもありません。

人の悪口を言う、自分の価値観に合わない人を悪く言う。

その発想自体、地獄に通ずる思考であり、不幸を呼び寄せる思考です。

ご注意下さい。


縁する人、縁する宗教で、幸せにも不幸にもなります。


不幸な人は

不幸の元凶を呼び寄せているのは己自身の低い精神であると悟り

早急に精神を変える必要があります。

ツキを呼ぶマントラとして「ツイてるツイてる」「ありがとう」「感謝します」
など言われているが、その言葉を言って本当にそうなるのは、
現在ツイてる人か、心からそう思える人だけ。


そうではない人が言うと、起きている私の現実とのギャップで無意識が抵抗するため、
心底思える人でないと効果は期待しづらい。


思わなくでも言うだけで効果があるのが本当の魔法の言葉ではないだろうか。
その観点から、本当にツキを呼ぶマントラをお伝えする。

 

私は今この瞬間、宇宙のすべてを受け入れます

 

私は今この瞬間、宇宙のすべてと和解します

私は今この瞬間、宇宙のすべてに感謝します

 

 

この3つの言葉は、器としての根本であるあなたを変化させる。
プラスの気のエネルギーを引き入れる事ができる自分に変化することで、
人生すべてを改善していく。


この言葉は、状況を変えずに、あなた自身の器そのものを大きくする。
大きくなったスペースには、新しい力や幸福が入ることが可能だ。


この文章は、「今この瞬間」がポイント。
それ以外の文章だけをいうと、心の中の反発が出る。


プラスの現象が起きないのは、器が狭いから。
周りにいくら幸福やプラスのエネルギーがあっても、外の世界があなたを助けようとしても、
受け取る器がなければ、受け取ることができない。


垣根を作っているのは自分の心。
「今この瞬間」だけでも心の垣根が低くなり、取り払われたら、
世界はあなたを助ける事ができ、外からエネルギーが入ってくることが可能となる。


最初は、バージョン1から始める。
次に、すべてを受け入れることができるようになったら、バージョン2に移る。


他人や状況を変えようとするよりも、まずは自分を変える。
人は瞬間に自分を変化、シフトすることができる。


できないのは方法を知らないだけだが、瞬間的な変化には、無意識の抵抗もあるため、
「すべてを受け入れられる」自分にチューニングしてからが必要。


バージョン1の「受け入れ」、バージョン2の「和解」を、
それぞれ半年~1年チューニングして、すべてを受け入れ、
すべてと和解できたらバージョン3に移る。


バージョン1.2.3を連続して使わず、一つずつ自分自身をチューニングしながら使う事。

 

 

 

 

 

 

本年もありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

南無大師遍照金剛

 

 

合掌

 

 

 

 

 

スピリチュアリズムに関心がある中の、少なくない人達が、霊視や霊聴などの、いわゆる霊能力に興味を持っていて、もしも自分がそのようなことができるなら、もっと、いろんなことが分かっていくだろうから、霊的世界への理解も深まるに違いない、と、「大きな誤解」をしています。

 

何かが見えることと、その意味が分かることは、同じではありませんし、見えるのと、見分けて解釈することも、同じではありません。

 

 

また、霊視的に見えたものが、「正解」であるとも、限りません。

 

なぜなら、どんなことがどのくらい、そして「どのように見えるか」は、その霊視者の波長や霊格、人格によって、変わってきます。

 

どんなことも、自分と同じものが引き寄せ合うという、「波長の法則」が関係してきます。

 

つまり、霊視や透視的な視点で何かを捉えることができる人でも、その人の波長が下がっていて、霊格、人格も低ければ、霊眼に映るものは、比例して、波長の低いものになる可能性があります。

 

好奇心がいっぱいの人は、好奇心というバイアスが掛かりますし、自分は特別の使命を与えられた救世主だ、と思い込めば、思い込みというバイアスが掛かる、というふうに、霊視の視野というのは、とても容易に歪んでいきます。

 

 

見えないはずのものが見えることと、それが解釈できることは、関係がありません。

 

たとえば、肉眼の視力で、1.5の人と、0.7の人がいたとします。その場合、高い視力をもっていて、細部までよく物が見える1.5の人のほうが、見ている出来事の意味するところや、動機となっていること、これから先の予測などが、分かる・・・などという、規則性はありません。

 

霊視や霊聴なども、基本は同じです。分析力、洞察力などの感性は、たくさん見えること、よく見えることとは、必ずしも比例はしません。

 

 

そして、見える内容も、その霊視者の人格によって、変わってきます。

 

すべての霊能力者が、同じ範囲のところを見ているわけではありません。

波長の高い霊視者は、波長の高いところを捉えていけますし、波長の低い霊視者は、波長の低い霊と、引き合ってしまいます。

 

低い霊の伝えてくることは、まったく当てになりません。人間も同じです。

 

 

それどころか、わざと、間違ったことを伝えてくる場合もあります。低い霊にからかわれるのです。

 

つまり、自分自身のたましいの成長を差し置き、霊視や霊聴を手に入れたいと好奇心でいっぱいになったり、または、そうして仮に、そのような力を手に入れたとしても、自分の霊格が見合っていなければ、曲解と思い込みの世界の中で、生きていくことになってしまいます。

 

霊能力を獲得することが大事なのではなく、基礎となる、自分自身がもっとも大事です。そうでなければ、霊視力が身につくことで、むしろ、それ以前よりももっと、世の中の大切なことが、見えなくなってしまうこともあるのです。

 

 

霊視が出来る人にとっても、「見分ける」ことは、本当に大変で難しいものです。

 

 

ひとつ、例をあげて、考えてみます。

 

「思うこと」も、想念というエネルギーとして実体を持ち、作用していきます。

 

この、想念も、霊視者には、可視化されて、見えることがあります。たとえば、「私は、将来、医師の●●さんと結婚したいわ」とか、「私の前世は、聖徳太子じゃないかしら」と、思っている人がいるとします。

 

想念と霊を見分けられない霊視者は、「あなたの将来は、医者と結婚していますね、そんな様子を守護霊が伝えてきています」とか「あなたの前世は、聖徳太子だったようですよ」などと、捉えてしまうことも、可能性としてはあり得るのです。

 

 

想念が可視化できるのって、普通に考えればすごいことです。けれど、それができることによって、むしろ、見る目がくもってしまうこともあるわけです。

 

 

こういう例をひとつとっても、何かが見えたからといって、それが正しいとも、役立つとも、言えない場合もあると分かると思います。(本来であれば、一定レベル以上の霊能があれば、「想念」と「霊」との波長の差は、見分けることができるもです)

 

 

肉眼で見えることと、物事の本質を見抜くことは違うように、霊視で見えることと、霊的世界を見分けることも、(無関係とはいいませんし、霊視で見えるからこそ把握出来る要素があることも事実とはいえ、しかし)それらは、完全なイコールではありません。

 

 

優秀な霊能者でも、当たる確率は、60%くらいとも、80%くらい、とも言われていて、100%全開になっている人はいないものです。

 

 

そして、とても低い霊に操られているような霊能者であっても、まったく当たらないわけでも、低いところ「だけ」に波長があうわけでもなく、少しくらいは、守護霊の意向を反映していたり、役だったりするところも、するかもしれません。

 

 

自分が霊視をされる側であっても、「霊視者を、見分けていく」ことが必要で、なんでも盲信してしまうのは危険です。その人の人格がどうだろうか、という観点から、よくよく考えていくことが大切だと思います。

 

霊視が万能でもなければ、何かひとつが当たったからといって、すべてが当たるわけでもありません。そして、自分が霊視ができるようになっても、それで楽や得ができるか、といったらそうでもないのです。

霊視が出来ても、見分けられない人もいれば、霊視できなくても、洞察力や思考力が高く、いろんなことを見分けられる人もいます。

 

霊視ができようと、できまいと、人格が変わらない以上、本質を把握できる深さについても、平行移動です。

 

何がもっとも大事なのか、という点を、見失わないようにしましょう。 その上で、過度にならない、適度な関心を持つのはかまわないと思います。関心や興味の気持ちが、探求を深めていく原動力となることはあるからです。

 

最近話題のヤフオクで売られている僧侶が作成した「第3の目CD」で、光が見えたり、チャクラの映像が見えたりで喜んで私のところにメッセージくれた方がたくさんいますが、いくら霊能力が開花されつつあっても、魂の向上無くして意味がありません。自分の意識、人格が低ければ低級霊としか交信できません。

 

人格磨きも忘れずおこなって下さい。

 

 

 

 

 


以前、家で怪奇現象が起こるという方を鑑定した事があります


家を訪問すると、完全に三角の土地であった。


三角の土地は周りの成仏していない霊を呼び寄せてしまうので注意が必要


みなさんも、良く お店が出来ては潰れてしまい


また、別のお店が出来てもすぐ潰れるという土地を見た事ないでしょうか


注意して、よくみると、そのほとんどが三角の土地である事が多い


お店でなく、家の場合


三角の土地に立てると、その家の主が病気になったり、災難続きという事が良くあるので


注意が必要