今日は生理になった。
仕事も落ち着いてきた。
私は全てではないが、みんなから貰った手紙をとっておいてる。
アメリカだとカードをたくさん送ってもらえるから、本当に沢山あったの。
もちろん、中学時代からのもある。日本人の友人からのもある
そんな手紙の束と一緒におばぁちゃん(父の母)の死亡届けが入っていた。
死亡届けなんて見たことも無いし、私の手紙を漁るのは毒母しかいない。だから、毒母が入れたんでしょうね。嫌がらせかな?
でね、私が思うに、母は私に嫉妬していた。そんな気がする。母が死んでから、母の物はほとんど捨てた。友人との写真もなければ、友人からのギフトや手紙も見つからなかった、、、。
母は私の見た目を貶し続けたが、あれも妬みだ。私達は似ていなかった。私の友人は母を見るたびに驚いた。私はヒョロ長いのに、母は160センチで75kgだったからだ。
私は頑張れば何でもできた。運動以外。
母は本当に不器用だった。
そして、、、もしかしたら、私は愛されていた。私は人に愛される人間なのだ。
父親は私にゾッコンだった。小さい時は、母のお願い事は私を通して父に伝えていた。母が言っても聞いてくれないからって。
週末は友人が遊びに来てくれて、時々、母は私をわざと虐めた。理由はわからなかったが、羨ましかったんだろう。
近所の鈴木のおばちゃんを嫌うのも、私が懐いていたからかもしれない。
私が小さい時、将来はパパと結婚する!って言った。パパは喜びまくっていたが、母は暴れたのを覚えている。
私の小学生の時の親友が、大人になったら、一緒に住もうね。絶対にお約束だよって。
で、毒母がそれを聞きつけて、私を責め立てた。
毒母「あんた、私はどうするつもりなの?」って。
母は幼稚だし、自信が無かったんだなぁ。
子供からすれば、母親なんて、いるだけで価値があるのに。お金や物じゃない。母親の愛情ってだけで、計り知れない価値があるのに、母は自分の価値に気付いていなかったのかな?
今日はたくさんの手紙を読み返した。
ホストファミリーのグランパからの手紙があった。
グランパと一緒にテレビを見ながらブランデー味のキャンディを食べるのは最高だった。幸せに溢れて穏やかな気持ちになった。
だからグランパの写真を飾った。いつでも私達の温かな日々を思い出せるように。
あとはMeganからの手紙。
気づかなかったけど、これは私達だね?
こんなカードをわざわざ見つけてくれて送ってくれたんだ。その気持ちが嬉しすぎるから飾っちゃう







