自然風の中で20分瞑想。

最近、私は瞑想中、何も考えない。

あたまはほとんど使わない。

身体の命じるままに動くだけ。

座禅の姿勢は保ち、揺れ動いている。

 

考えることがなくなっている。

内面との対話も必要なくなっている。

悩みはほぼない。

死を待つのがおお仕事だけど。

 

・・・

長崎市がイスラエルを招待しなかったとか。

そもそもロシアを招かなかったことが失策。

私が担当者なら、当然ロシアを招待している。

 

戦争の当事者あるいは不当な侵略者。

そのようなレッテル張りはいけない。

 

もし、核兵器を本気で廃止しようと考えるなら、

核兵器に頼った戦略を実施している国も、

当然、招かなくてはいけない、と思う。

中国もアメリカも。

 

この人類社会から、戦争をなくしようと考えるなら、

核兵器廃絶とは違う理念が必要だろうが。

 

長崎市はロシアを不正だと認識したのだろう。

国が不正かどうか、その判断は困難。

たぶん、神でも不可能。

 

国とは別に、

人の行為も、不正か正当か、

その判断も難しい。

裁判で裁く基準は、便宜的な法や道徳だけ。

そんなものに確かな意味はない。

 

長崎市の決定は、

あまりに一時的なごまかし。

 

ハマスとイスラエル、

どちらがより正しいか。

それは不明。

 

例えば、

第二次世界大戦。

日本とアメリカ、どちらがより正しいか。

分からないのと同様。

 

ハマスのテロに比べて、

イスラエルの軍事作戦はあまりに不釣り合いな市民への犠牲。

正当化しがたい加害、という意見がある。

日本人の多くがそう感じているようだ。

朝日新聞なども、そう見える。

 

私は違うと思う。

 

比べること、それ自体が大問題。

イスラエルを非難するなら、

同じ大きさでハマスを非難しなくてはいけないだろう。

 

このような問題では、

比べてはいけない、のだ。

どのような線引きも許されない。

どこにも確かな、正や不正はない。