最近、ある冊子でマザーテレサの逸話を読んだ。
彼女は修道女として毎朝のミサの祭壇から聖体をいただくと同時に、
日々、「もう一つの聖体拝領」を経験するという。
イエスが「貧しい人、飢えた人、凍えた人、
見捨てられた人の中に、わたしはいる」と言われた。
毎日、行き倒れた人、病いの人、・・
マザーが出会う様々な人、
一人ひとりにイエスがいる。
それに触れることが、マザーにとって、
まぎれもない聖体拝領だという。
マザーの活力の源泉は、
日々、たくさんのイエスを感じること、だという。
すごい、と私は思う。
宗教的な感性なくして、
これほどのパワーを感受するのは稀だろう。
神が自分の身体に宿っている、
あるいは、神と共に生きているという実感。
すばらしい、と思う。
私は毎日、座禅をする。
背中があたたかくなるが、
神が宿っているという実感はない。
宗教の強さが、こういうところにある。
たぶん、信じる気持ちが強いと、
猛火でさえも、冷たく感じるのかもしれない。