私の人生で、最も親しい友人たち。
男の友が3名。女の友が1名。
男は皆、死んでいる。
一人は26歳で、一人は32歳で、もう一人は54歳で。
3名とも、心臓関連の突然死。
タクシーの中、自宅で就寝中、ドライブの途中に気分が悪くなりパーキングで。
三名とも、自分が死んだことも知らないだろう。
死を意識するゆとりがない。
2年前に亡くなった私の妻の場合は、ガンの末期。
2週間前から食べられなくなり、一週間前からは水分もとれなく、
栄養不足で、全身の臓器が働かなくなった。
最期の一日は、意識も混濁。
時々、意識が戻るような。
しかし、自分が死につつあることは鮮明に意識。
そして、ベッドサイドに子供たちと私がいることも確信。
だから、最期まで安心していた。
自分は死ぬけど、これでいいのだと。
最高に満足していると。
また、妻に死の苦しみはないようだった。
妻の死を経て、
私の死者に対する気持ちが大幅に変わった。
死者をうらやましく思うようになった。
人生が完結し、最期を迎える。
これほど、良いことがあろうか。と。
もう、悩むことも、心配することもない。
不安が全くない平穏な世界。
脳という情報処理装置が勝手気ままに動くこともない。
自分という存在さえも、忘れることができる。
それが死。
人として生きるとは、
一瞬も落ち着くことができない人生。
脳が自動的に情報収集し反応している。
何かに追いかけられ、責められるような日々。
寝ているときも夢をみる。
人として生きることは、せわしなく、一瞬ものんびりできない。