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仮初めの世界を取り巻く、ありとあらゆる幻の存在の根幹が揺らぎ始め、真実が吐露(とろ)し、白日の下にさらされて往く。
表と思っていたものが裏と成り、裏と思っていたものが表と成る。

どちらも表と裏で一(いつ)と成り、裏と表で一(いつ)と成る。
2月10日は、210(にと)で在り、二兎を追う者は一兎をも得ずの例えの如く、表と裏を分別(ふんべつ)すること能(あた)わず。

善だ悪だと騒いだ所で、同じ事。
光だ闇だと比べた所で、同じ事。
森羅万象、遍(あまね)く存在の本質は、合一(ごういつ)で在り、一つで在る。

分別心(ふんべつしん)を諫(いさ)めし魂の帰結せん場所こそ、永久(とこしえ)の真理(まこと)で在る。
糾(あざな)える縄と成り、潔き螺旋の調べを紡ぎつつ、永遠(とわ)の光(愛)を奏(かな)でる。

責めるも責められるも同じ事。
叩くも叩かれるも同じ事。
痛みを知るからこそ、慈しみを施す術へと繋がる。

自らの抱えし闇の重さに嘆く事なかれ。
転換し、光と成った際の輝きの大きさを創造し、魂に描くべし。

三千世界の訪れを言祝(ことほ)ぎ、報恩感謝の実践を旨(むね)とし、鏡に写りし自らを祝う。
今こそ、自らの信念を持って、表裏一体の光と闇の合一を受け入れる時。

その事こそが、弥勒(369)の世への一歩であり、礎(いしずえ)で在る。
誰かがやるのではなく、自らがやるのである。

 -その事を胆(はら)に入れ、楽しめば良い。-

Photo:まことの顔。(by 浅草)

BGM:素意/吉俣良♪