


霊峰であるが故に、厳(おごそ)かなる空間を紡ぎ出し、清濁を併せ呑む比類なき懐の深さ。
どれだけの魂を見つめ、どれ程の生命(いのち)の営みを観てきたのであろうか。
大いなる理(ことわり)の中、宇宙の規律に則(のっと)り、数多(あまた)の自由意志を尊重し、静かに見護りし存在。
ここ数年の富士山ブームと言う軽薄な言葉とは裏腹に、真実を観じている魂は気付いているのだと思います。
どれ程の忍耐を持ってして、深遠なる仕組みへの気付きを伝えてくれていたのかを。
その気になれば、一瞬にして全てを浄化し、粛々と進化向上を現実化する事は容易(たやす)いでしょう。
にも関わらず、こうも目覚めの遅れている魂に対して、最後の一厘に至る直前まで、印(メッセージ)を送り届けようとしてくれています。
この絶対なる光(愛)の中に育まれし生命(いのち)は、畏敬の念に包まれ、枯渇を知らぬ源泉の如く、感謝の心に満ち溢れ、そのエネルギーを惜しみなく、隣人に注ぎます。
真実への扉は、甘美(かんび)なる言葉に彩られたパラダイス(幻影)ではありません。
そのような世界にいくら縋(すが)りついた所で、魂の向上とは無縁です。
厳しい富士の頂(いただ)きに赴(おもむ)いた時、己の傲慢を恥じ、反省し、無垢なる心を思い起こす勇気を与えられている気がしました。
呆れられつつも良く来たなと包み込む絶対の光(愛)を観じました。
全ては一つで在(あ)り、それ以外のものは、何一つ存在しない宇宙を観じました。
まだまだ手放すものは数多(あまた)あり、その事を肝に銘じる尊い学びの登頂と成りました。
-仮初めを手放し、内なる真実に向き合い、踏み出す勇気。-
Photo:清々しき富士の姿。
BGM:癒しの時/服部隆之♪