
この価値観、生き様に対する正邪(せいじゃ)を判定し、評価、分析をした所で、何の意味もありません。
そのような世界を構築(創造)する為のエネルギーが存在しているのは事実であり、それを凌駕する光(愛)の創造が足りなかったが故に、現在の社会が厳然(げんぜん)と存在している訳です。
地球上に起きている事柄全てにおいて、誰かが被害者であり、誰かが加害者である事など微塵もありません。
直接加担する、しないとに関わらず、全ての責任は、地球上に暮らす我々全員にあります。
なればこそ、その事実を潔く認め、この世界の建て直しを意図し、光と闇との対峙を避ける事なく、自らに問い続け、その結果、光を選ぶならば、その為に立ち上がるのみなのだと観じます。
日本に生まれし身魂(みたま)として、大和(ヤマト)の民として、神々と人との分離を手放し、人としての器(うつわ)を神へと開け放ち、合一(ごういつ)すべき瞬間(とき)が迫っています。
我(われ)良しの物質文明に浸(つ)かりきった身魂では、器を闇が満たし、神と一体と成(な)る隙間(スペース)が在(あ)りません。
光(愛)が増大すれば、闇は怯(おび)え、藻掻(もが)き、苦しみ出します。
今の外なる世界を良く見て下さい。
断末魔の叫びが如く、闇が暴れのたうっております。(自らの内側に潜(ひそ)みし闇も同様です。)
しかし、忘れないで下さい。
その闇ですら、元々は光(愛)からの分け身魂に過ぎないのです。
光のみでは、光の素晴らしさに気付く事はなく、闇の存在が在ればこそ、光の存在に気付けたのであるという事を思い出して下さい。
どの生命(いのち)も例外なく、あらゆる役柄を自らに課し、それぞれの選びし舞台に飛び込んだ愛(いと)しき仲間達なのです。
役柄である事を忘れ、その役に没頭している為、気付きが遅くなるのも致し方ありません。
故に、その理(ことわり)を思い出し、気付いた魂から動き始めれば良いのです。
日の本に集いし魂の合一を目指し、大和の民としての使命を思い出し、闇に対し一歩も引く事なく、勇気を持って光(愛)を放つ事が必要になります。
その為には、自らの用意した日々の舞台の中で、今という一瞬を蔑(ないがし)ろにする事なく、生ききる姿勢こそが大切なのです。
外側に溢れる偽善(ぎぜん)や欺瞞(ぎまん)で塗り固められた世界に惑わされる事なく、自らの魂を奮い立たせる為の材料と飲み下し、信念の力を持って、闇を光で凌駕していって下さい。
-目覚めし大和の民よ、大いなる世界への建て替えが始まるぞ、よいな。-
Photo:降り注ぐ光の海。
BGM:しるし/Mr.Children♪