イメージ 1

この世は、苦しい事だらけだと言う人がいます。
マスコミを通じて、連日報道されている内容もネガティブなものが大半を占めているのではないでしょうか。

この苦しいと思う感覚は、一体どこから来ているのでしょうか。
事柄そのものには、苦しいも辛いもなく、ただ、その状況があるだけです。

その状況に相対した際に、物事を判断するのは、各人の主観になります。
この主観こそが、ただの事柄に対して、様々な感情や価値判断の基準を持ち込みます。

同じ事柄を体験しても、人によって反応が千差万別である事からもわかる通り、苦しいとの判断を下しているのは、あくまでも本人の主観であり、ひいては、自らが選択した結果が具現化しているに過ぎないのだと思います。

簡単な事ではありませんが、とある事柄を苦しいと感じた時には、自らの中の、どの部分が、その事柄を苦しいものだと判断しているのかをジッと見つめる必要があります。

そこには、様々なものが見えてくると思います。
今生に限らず、かつて生きていた時代のものも含め、気の遠くなる程の原因が内在している事でしょう。

そして、その事を自らに問いかける事により、誰か(何か)が自分を苦しめているのではなく、自らが自らを苦しめている原因に辿り着くのだと観じます。

原因を外に求めている間は、主観(自我)の思う壺です。
自らを苦しめている原因を創り上げているのが、自らである事を知った瞬間、事柄は、ただの事柄と化し、その事に煩わされる事のない自分に気付いている事でしょう。

今の時代に起きている、大いなる変化を観じた時、外に原因を求めるのではなく、自らの内側に問いかけることこそが大切なのだと思います。

 -何故苦しいのか、己の胸(魂)に手をあてて問うてみよ。-

Photo:映り込みし岩肌。(by 三浦半島)

BGM:Happy Ending/槇原敬之♪