
もはや、どれ程の人生を歩んで来たのであろう。
様々な時代の様々な立場、立ち居振る舞いを経験し、その関係性における悲喜交々(ひきこもごも)を味わい、交差する魂達。
今生(こんしょう)を限りと見るにつけ、数多(あまた)の不公平が目につき、そこに自らを縛りつける。
本来、誰に縛りつけられる言われもない自由を、誰あろう自らが奪い、それを何(いず)れかのせいにする矛盾を繰り返す。
誰一人例外なく、人生は流れ続ける。
一瞬の暇(いとま)もなく、立ち止まる事なく、水の流れの如く、永遠(とわ)に流れ続ける。
常に形を変えるものを軸としているが故に、形は変わらぬものとの囚われこそ、自らに縫い付けた糸である事に気付けずにいる魂の何と多い事であろうか。
流れを失いし水は、やがて濁り、いずれ腐り果てる。
この理(ことわり)は、万物にあてはまり、逃れる事は出来ない。
この世は、諸行無常であるからこそ、何一つ後悔する事なく、一瞬一瞬に思いを込めた創造を宇宙に放てるのだと観じます。
自らの創造を信じ、思う存分に、弥勒(369)の世を流れて往(い)って下さい。
清き水の流れの如く生きる魂を遮るものなど、何もありません。
-ないからと嘆く必要はない、ただ創造すればいい。-
Photo:気高き流れ。(by 上高地)
BGM:Full Bloom/yanokami♪