
優しく降り注ぐ太陽の光、その光を反射する水面の揺らぎ、木々の木漏れ日、自然界の音色(ねいろ)。
物質にまみれ、足下をすくわれる日々は、もう終わりを告げたのではないでしょうか。
相手を傷つけ、虐(しいた)げ、奪うことによる理(ことわり)からの乖離(かいり)を、多くの魂が感じとっている時代だと思います。
ふと、こんな事を考えました。
我々は、誰一人あますことなく贈りもの(Gift)なのではないかと。
それも自らに対するものではなく、自分以外の全ての相手に対するギフト(贈りもの)なのではないかと。
子供にとって親は、尊いギフト。(贈りもの)
親にとって子供は、かけがえのないギフト。(贈りもの)
妻にとって夫は、支えとなるギフト。(贈りもの)
夫にとって妻は、頼りになるギフト。(贈りもの)
男女にとって、友にとって、家族にとって、師弟にとって、知り合いにとって、数多(あまた)ある生命(いのち)にとって、誰もが誰かのギフト(贈りもの)なのだと観じます。
贈りものたり得ない魂など、ただの一つも存在しないと強く観じます。
そんな素晴らしいものに包まれている我々にとって、もはや我(われ)が我(われ)がは必要ないのではないでしょうか。
自らの周りが贈りもので包まれている世界において、これ以上何を望む必要があるのでしょうか。
後は、最後の気付きを得て、与える方向に向かえば良いだけなのではないでしょうか。
遙か彼方から、大いなる存在からのギフト(贈りもの)を与えられ続けている我々は、その崇高なるお手本を、稚拙ながらも真似することから始めてみませんか。
少年「僕なんか、贈る価値もない。誰も僕からの贈りものなんか受け取りっこない。」
大いなる光「なら私が受け取ろう。」
少年「何故、誰も見向きもしない僕の贈りものを受け取ってくれるの?」
大いなる光「それは、あなたを愛しているからだよ。さぁ私からも、あなたに贈りものを与えよう。」
-大丈夫、常に与えられているから。安心して、与え続けなさい。-
Photo:優しい雲。(by 富山県)
BGM:You're My Only Shinin' Star/中山美穂♪