りんご花華のブログ
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2019-04-23 10:58:15

梅の趣

テーマ:ブログ
北限の梅林とされる、五所川原市フラワーセンター
ただいま『梅まつり』開催中(~4/27)

梵珠山少年自然の家を目指してくると、2,000本の梅が咲く、梅山が迎えてくれます。

桜の豪華さにはかないませんが、梅は梅で趣きがあります
花の楚々とした感じと、枝の景色がいいのでしょうね
枝に添うように連なる可憐な花に、しばしみとれます。





山を散策できるので、歩きやすい履き物で行くといいでしょう。
2019-04-01 15:18:16

令和をうけて。20年の華これから

テーマ:ブログ
今日から新年度
気持ちが引き締まります

今から20年前、1999年3月31日(水)
RABラジオ『あおもりTODAY』の生放送を17時まできっちり務め
私は青森放送を退職しました。

おかげさまで、あれからフリーランスとして、20年が経ちました。

人に恵まれ、仕事に恵まれ、機会に恵まれ
楽しく豊かな学びのうちに、ここまで続けてこられ、幸せ者です。

あのとき
不安でいっぱいだったけれど、背中に翼が生えたような感覚があり
大きな空へ羽ばたいてみたい好奇心の方が大きかったです


人は人生の節目、転機をそれぞれに迎えるときがあります
進学や就職などの環境状況の変化はもちろん、自分の心境の変化もあるでしょう

私はどうやら10年周期で巡ってくるようです

18歳、28歳、38歳、そしていま48歳

居心地のいいところに居続けては、自分を鍛えられません

いつか誰かのために
地域や社会のために働くには、力が必要で、
そのためには自分を鍛え続けなければならないと思っています

不安で、自信なんかないけれど
見通しのきかない霧のむこうの微かな明かりを頼りに

そして自分を鍛える険しい山道へ、進んでいくのです。

翼があると信じて


新しい元号『令和』

万葉集からの引用で、首相談話によれば「新しい時代にひとりひとり花を咲かせることができるよう」
という思いがこめられているそう

私の名前にも「華」があります

たくさんの人の心に華を届けられるような、そういう生き方、仕事をしていきたいと
この節目のときに改めて誓いました

私が咲くのではなく、花を届けたい

さぁ、はりきっていってみよーう

2019-02-21 23:27:06

つぐない

テーマ:ブログ

自分のしたことは、自分で引き受けなければならない。

 

自分と向き合う時間は大事ですね

 

こんな歳にもなっていまさらですが、

誰のせいでもない、自分のしたことは自分で始末をつける

誰かにきいてもらったり慰めてもらったりせず、自分自身で反省し受け止めなければならないのだと

それが大人の責任と自覚ということを痛感しています。

 

友達が離れていったり

恋人が去っていったり

 

それは全部、自分のせい

 

もう、時間を巻き戻すことはできないし、自分がしたことには変わりない

相手がこうだったから、ああ言ったから仕方ない、なんて

自分がそのとき言い分をもっていたとしても、相手にとってそれは私側の勝手な正当性で

 

言わせてしまったのも自分

あちらが勝手に怒ったのではなく、怒らせてしまったのは自分

相手のせいじゃない

いかようにでも回避できたはず。

相手のせいじゃない

その人とお付き合いしたのも自分の意思。

 

言葉がひとを傷つけることがあります。言葉の暴力です。

手をあげていなくても、鋭いナイフのように言葉が相手の胸に突き刺さり、ひどく傷つけてしまうのは同じこと。

それは、言葉を大事にしているはずの仕事をしている私であれば、けっしてあってはならないことですが

(しまった)と思っても、もう取り返しのつかないこと。

それがたとえ、売り言葉に買い言葉だったとしても

相手のせいじゃない。

全部自分が蒔いた種。

自分の至らなさ。

 

私は今まできっと、どこかで

私は悪くない、私は正しいのだから、と正論(めいたこと)を押し付けたり

あなたがこうだから、と相手のせいにしていたのかもしれない

 

正しいとか正しくない、ではなく

ひとがひととお付き合いするには、ジャッジではなく受け入れることなのですよね

いいところ好きなところも、変だな苦手だなと思うところも

全部受け止めて、人は人と一緒にいるのですよね

あの人こんなところがあるから、うまくいかないのよなんて傲慢な考え

 

全部自分に返ってくること

 

何倍もの痛みや辛さになって、のしかかってきたとしても一人で耐えるもの

それが大人として償うことや戒めなのだと思うのです

 

この恋をしたのも自分

この仕事を選んだのも自分

こうなってしまったのも全部自分がしてきたこと

 

誰かに聞いてもらって、楽になろうなんて思ってはならない

「そうだよね、その人ひどいね」なんて共感してもらったところで

なんの反省にもならないし解決もない

 

ひどいと思ったことをされたとしても、自分がその人と一緒にいたことも、自分のしたこと

相手が私にしたことが意に沿わないことであっても、そうさせたのは自分

 

子供だったら、

この痛みは成長の糧

として、前向きになるのでしょうけれど

 

オトナは

開き直りや、前向きなんて

「逃げる」と同じこと

 

誰かに聞いてもらったり

お酒を飲んで憂さを晴らしたり

なんていう、逃避はせずに

 

痛みと向き合い、自分の至らなさを反省し

 

もし、相手を傷つけたのなら償い

その人に心の平安がもたらされるように祈りの日々を静かに送るべきなのだと自戒しています

 

自分が選んだこと

自分がしてきたこと

 

きちんと向き合う責任があるのだと自覚しています。

 

あなたのせい、忙しさのせい、

親のせい、兄妹のせい

友人のせい、

上司のせい、会社のせい

世の中のせい、お金のせい、、、

 

 

誰かの、何かの、せいにするのは、自分が楽になりたいだけ

 


せい、にしてきて、ごめんなさい

 

そして、自分を甘やかしてきた自分にごめんなさい

忙しさのせいにして、物事の本質から目を背けていた

もう「せい」はやめよう。
せい、にしなければ、寛容になれると思うのです。

自分と向き合う時間・みつめ直す時間は、自分と関わった人の感情・コト・モノを大事にすることと同じ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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