身長166cm/体重MAX73kg、
節約しながらダイエットを目指す、
ヒカルです😊
ダイエットのこと、日々感じたことを、
自分のペースで綴っています。
うまくいかない日もあるけれど、
それも含めて“ヒカルの人生”の記録にしたいと思っています🌸
私には、
いま小学校2年生の息子がひとりいます。
今日は、
自分がなぜ子どもを産んだのか
少し書いてみたいと思います。
いつごろからか、
私の中には
「自分が産んだ子は、どんな子だろう?」という問いがありました。
なにかきっかけがあったわけではなく、
いつから意識しはじめたかもわかりません。
「自分の子にはこうなってほしい」という
希望もとくにありませんでした。
ただ、我が家にきてくれた子には、
自分ができる最大限のことはしてあげたい、
という思いだけはありました。
子どもはひとりでは産めないので、
相手を探そう、となったときに、
・子どもがほしいと思っている人
・その子を一緒に育ててくれそうな人
を探しました。
私の中では
「子どもを産まないなら、結婚しなくてもいい」
という考えがあったので、
そこはすごく重要でした。
そして、
なんやかんやあって
結婚する相手(今の夫)も決まり
結婚・妊娠・出産を3年ほどでしました。
結婚はともかく、
妊娠出産はもう2度としない、
と思うほど大変で、
実際もうしたくないので、
息子は一人っ子です。
でも、その過程の中で、
「やっぱり子どもを産もうとしたのは間違いだった」
とは一度も思いませんでした。
なぜだかわからないけれど、
「これは自分のするべきことだ」という
確信めいたものがあったのです。
子どもを産むことは、
勇気、というか覚悟がいることだと、
一般的にはされていると思います。
でも、私にとっては、
「産まない」ことのほうが、
覚悟がいることでした。
なぜかというと、
「自分が産んだ子は、どんな子だろう?」という
自分の中の問いに、
永遠に答えが出ないからです。
もし子どもを産まなかったら、
その問いはずっと私の中にあり、
折に触れて
私を考え込ませると思ったのです。
だから、会ってみたい。
たとえ、その子がどんな子であったとしても。
息子はもう赤ちゃんではなくなり、
私がいなくても
自分でご飯を食べ、
トイレにいき、
勉強したり、
遊んだりできるようになりました。
順当に行けば、
私が先にこの世からいなくなりますが、
そのあとも息子は生き続けることでしょう。
そのことは私にとって、
不思議さと、心強さと、恐ろしさが
混ざったような
複雑な気持ちになります。