ヒルコです
ヒルコの母のアメノウズメの鈴ちゃんちの九州のへその五ヶ瀬桑野内の
「岩戸開き」のその後は??
兎にも角にも忙しいのです


鈴ちゃんちの高天原の天岩戸には
イザナギ(カムロギ凸凹)、イザナミ(カムロミ凸凹)、ヒルコ神やカグツチ(火の神)や月星や岩神、龍の神、流星🌠と様々な神がおります。
カムロギ、カムロミのコウロギ家は
五ヶ瀬桑野内の「クボ」に住みます。
ヒルコ家は、古代から火を祀り西の
夕日の「タヒ」に向かい神楽をし、
酒を呑み、そして様々な「フ」の神を鈴で、「鎮め」清めます





太玉命フトダマノミコトは、忌部氏(後に斎部氏)の祖の一柱とされる。

ヒルコ家は、リアルスズメの戸締りをしておりました
当時、鈴ちゃんの生家の厩の後ろ戸の要石を、自称修験道に抜かれたのは、
鈴ちゃんの孫が当時1歳でした
鈴ちゃんの孫は、要石が抜かれた時に厩の後ろ戸におりました
そして、その孫は猪年です
ヒルコの私は、寅年になります🐯
一説によると、猪と寅は、同じ位置だったとか。
シシ「4×4=16」トロク。
(シシカケルマツリ)
厩の後ろ戸の要石が抜かれたのは、
子(ネズミ年)の5月3日。
子(ネズミ年)は、「北」です🐭︎ ︎︎🌟
干支方位は重要となります。

鈴ちゃんちの北には、
阿蘇五岳と、根子岳とラクダ山の
御神体が鎮座しております🐫
その鈴ちゃんちの「霜」の名の生家の、ハシモトと、
鈴ちゃんの祖父一族のカムロギ、カムロミ(凸凹)の興梠のクボの(火の神カグツチ)の、御神体の
阿蘇火口の山頂には、
ヒルコの父一族の、
雨宮の上毛野(群馬県)の
「高橋神」(多奇波世)が鎮座しております☔
「高橋神」は、水神(龍神)の
タカオカミとクラオカミになります

ヒルコの父の忌部川田の本家の高橋家には、
長男の息子に、クラオカミの
「クラオ」の名をつけ。
次男の息子には、タカオカミの
「タカオ」の名を残しました。
そして、忌部川田の父の名には、
タカミムスビの「タカミ」の名を刻み今となります。
その忌部川田と高橋の産みの母親は、
群馬県太田市ゴウドのスネークセンターと三日月村がある石切場の山で、
誕生し、名は「キン」となります。
キンちゃんは、群馬県太田のゴウドから高橋に嫁入りし「高橋キン」になり2人の息子を産みました。
そして、ある日、未亡人となった
キンちゃんは、身内の川田と再婚し「川田キン」となり4人の子を産みました。後にヒルコの私と双子が産まれます

キンちゃんの産まれた太田のゴウドの山には新田義貞と徳川(松平)家康
の(子育て呑龍)の金山があります。

群馬県太田市藪塚 石切場。

群馬県太田市 金山「子育て呑龍」にて、忌部川田(高美)と橋本(鈴子)の結婚式。
子育て呑龍(大光院)とは。
徳川(松平)家康は、自身の先祖とされる新田氏のルーツを重んじていました。1613年、家康は自身の始祖である新田義重(先祖)の菩提を弔い、一族の繁栄を祈願するため、ここに大光院を建立。その初代住職として招かれたのが呑龍(どんりゅう)上人。
そして、キンちゃんのお産まれになった新田義貞と徳川(松平)家康の
群馬県太田ゴウドの山には、
「日向二柱神社」がひっそりとお隠れになっております。
そこには、ひっそりと誰にも知られずに
「豊城入彦命」がいるのかもしれませんね

「皇神」は、誰にも内緒

に埋葬されレプリカを作るのがお約束です。そして必ず暗号を残し先祖代々語り継がれるのでしょう👑
そのゴウド一帯から金山は、大きな古墳のようにみえます。

群馬県太田市ゴウド。お借りして。
九州のへそ、
宮崎県五ヶ瀬桑野内の高天原の
「霜宮」のハシモト(橋本)と、
熊本県阿蘇火口の
「雨宮」のタカハシ(高橋神)は、鏡のように相向かいとして今でも仲良く鎮座しております


熊本県 阿蘇火口 (マグマと水)
鈴ちゃんちの天岩戸の
甕土(カメド=ミカツチ)

には、イザナミの吐(白)く滝にかかる鬼ギリ石があります。

霜宮の橋本の鈴ちゃんちの天岩戸の鬼ギリ岩の火門(産道)をくぐった先にあるのが阿蘇火口の雨宮の高橋神です👹

火門(産(鬼)道)とヒルコ
そして、阿蘇火口の高橋神の先にあるのが、オグニの鬼ギリ岩の押戸石になります👹
ヒルコ家のお話は、
数百年前に、すでに「田尻」家に伝わっておりますので、そのお話が、
世に出ているのでしょうね


小国 高橋神(龍神)「鬼ギリ岩」押戸石


ヒルコ家は、高千穂神社では、ありませんのでご注意くださいネ。
ヒルコ家の資料によると、
田尻家は「高千穂」とも書いてありますね。
田尻家にヒルコ家の話が伝わっているにもかかわらずに、
なぜヒルコ家の霜宮の鬼神の起点を、高千穂神社に、ずらしたのでしょうかね??
重要な鬼の道の「起点」をずらしたとゆうことが…
どうゆう事だかがお分かりになっておられますよね、、
霜の名の鬼道の起点をずらしたのですから…それは、それは恐ろしいことですよ。
なので、興〇宮司がわざわざ、神面を奉納なさったのもわかりますし、
ずーっと、怪しげな人達が、
チラホラ遠目から様子を見に来ていたのは、丸見えでしたよ。
なので、いつからか、
あのような隠語を使い、
霜の名の鬼神を封じ込めたのだろう…か…。
霜の鬼が、コウロギではないことくらい、すでにお分かりですよね。
そりゃね〜
起点ずらしたら、全てぐちゃぐちゃな神話な話になっちゃいますよ👹
でも、起点を元の位置に戻すと。
辻褄が合う、お話になるのです。。

佐の神と機織の名のつく、様々な
姫たちが、今だに出れずに泣いておられます

なんの尻拭いもせず、ほんとに厄介な事をしてくれたものです👹
ヒルコ家の五ヶ瀬桑野内の高天原の
「霜宮」を起点とします。
すると、鬼道の火門の参道を通り、
北(🐭)へ進むと、阿蘇火口の雨宮の高橋神へ進み、鬼ギリ岩の押戸石からの〜「フの神」が鎮座する福岡県宗像の大島に繋がります🏝
そして高天原の霜宮を起点とし、
北の反対側の南には丙午

の方位になります。
そこは宮崎県「高鍋」の火(鍋)の地があります

ヒルコ家にとって高=鷹は重要です🦅
そして、福知王の姫君の墓や、山王古墳群や、西都原古墳群があります。
その宮崎県高鍋の高鍋藩ですが、
藩主は「秋月」氏です。
秋月藩の秋月 種実は、
戦国時代の武将で、筑前・筑後を拠点とした秋月氏の第16代当主。豊臣秀吉の九州征伐により降伏し隠居しました。彼の次男である高橋元種(たかはし もとたね)が、のち延岡藩の初代藩主になります。1578年に高橋鑑種の養子になり「高橋元種」となります。
そして、高橋元種は、
ヒルコ家に居座っていた、
高千穂(芝原大神三田井)氏を滅ぼし、
高橋元種が、土師氏(ハジシ)を五ヶ瀬桑野内に戻した└|∵|┐
小国の雨宮の「高橋神」の鬼ギリ岩(押戸石)と。
五ヶ瀬桑野内の霜宮の橋本の鬼ギリ岩(甕土岩)やフの神が、鎮座する二神、古戸野から、
夏至6月21日に伸びる光(鬼道)の道すじには、
群馬県の父一族の
忌部川田と高橋の産みの母の
群馬県太田市ゴウドの新田義貞と
徳川(松平)家康の金山と、
そして、
父の忌部川田と高橋の群馬県千代田村
「福島」フクシマの古戸(フット)の
そして、「フの神」が鎮座する、
ヒルコ家は、この、光(鬼)の道の夏至の光によって群馬県の高橋と川田から産み落とされ子がおります。
鈴ちゃんの孫も夏至の光(鬼道)で産まれました。
フクシマとは。
「フの神」。そして、「串間クシマ」
群馬とは、君、羊、馬、毛(牛)一族です。
宮崎県「高鍋藩」の飛び地が、宮崎県串間になります。串間には、
「高橋元種」の父の
秋月種実の眠る墓があります。
そう、この、宮崎県串間一帯には、
ヒルコの母の鈴ちゃんの産みの母親の、鹿児島県大隅岩川の隼人族たちが、おります。
そして、串間には、
忌部川田と高橋(竹葉瀬)の群馬県千代田村福島「フ:クシマ」にいた馬がいたのかも??しれませんね
鹿児島県大隅町岩川の隼人族の娘の、
佐目嶋家(サメシマ)のユキちゃんが、宮崎県五ヶ瀬桑野内の霜の名のイザナギ、イザナミのフタツガミの橋本家に嫁入りし、3人の子ができました


その3人の名に、
長女にはアメノウズメから鈴をもらい「鈴子」。
次女には、アメノウズメの別名の
宮比神の「宮子」。
そして長男には、明智光秀から名をもらいました。
そして、五ヶ瀬桑野内で産まれた
霜の名の橋本家と佐目島家から
産まれた姉妹の「鈴子」と「宮子」は、群馬県の千代田村福島の忌部川田家に、お嫁に行きました。そこは、
豊城入彦命、新田義貞、徳川(松平)家康の地でもあり、諏訪遺跡がある地でもあり、古墳の地です┏|∵|┛
高千穂(芝原大神三田井氏)を滅ぼした秋月氏の次男、初代延岡藩主の高橋元種と、新田義貞の墓のある、
福島県白川の棚倉藩は、熊本県柳川藩主の立花宗茂が棚倉に1万石で入部、棚倉藩が立藩。
その、立花宗茂の父の名は
高橋 紹運(たかはし じょううん)となります。
戦国時代から安土桃山にかけての武将。豊後大友氏の家臣。吉弘鑑理の子で、立花宗茂の実父にあたる。
立花宗茂の妻の誾千代の父は、
豊後の戦国大名・大友氏の家臣の
立花(戸次)道雪となります。
そして、ヒルコの母の鈴ちゃんの祖母姉妹は、熊本県柳川藩の立花宗茂や立花(戸次)の家臣の内田鎮家(シゲイエ)の内田家から五ヶ瀬桑野内の橋本家に養女に入った。
後に、クボに住むコウロギ家に嫁入りし、子ができると「シゲル」とつけました。
そして、鹿児島大隅の隼人の地からお嫁にきた、佐目島のユキちゃんと
シゲルが結婚し💍
鈴ちゃん達の3人が誕生しました。
代々、ヒルコ家では、RH-AB型の
「緑の目」をもつ子供ができたそうです。
ヒルコの祖父のシゲルも…緑の目をしておりました👽
霜の名のつく、鬼神の皇神の正体とは、いったい何者なのでしょうか
五瀬命(霜)も、卑弥呼(霜)もきっと。。
緑の目をしていたのかもしれませんね。
ニニギノミコトのwikiには。
日本書紀に宮の記載はないが、吾田長屋笠狭岬に留まったとあるのでここに宮があったと考えられる。『古事記』では高千穂に大きな宮を作ったと記載されている。
鈴ちゃんの生家は、遠い遠い昔に、
ここに「皇神」の大きな「宮殿」が
あったと伝えられております。
ですが、ある時、火に包まれ……。
全焼してしまいました
父一族の忌部川田のフの神の地には
コノハナサクヤヒメがおります。
別名、神阿多津姫命(かむあたつひめのみこと)
ヒルコは、いつも腑に落ちなかったのです。
なぜ、宮崎県五ヶ瀬桑野内のコウロギ家と、
群馬県の高橋神が、
「橋本」と「川田」の血を、古代より大切に大切に守り続けてきたのか…。
ヒルコの私は、コウロギ家がカムロギだと間違えていたのかもしれない。
ひょっとしたら、カムロギ、カムロミとは。。忌部川田の「カワタ」なのかもしれない。
忌部川田とは、
神阿多=カムアタ=カアタ=カワタ。
鹿児島野間岬旧加世田は吾田の長屋の笠狭の御碕(あたおぐだのながやのかささのみさき)ニニギが降り立ち後に神武天皇の祖先が住み神聖な地。
「吾田長屋笠狭岬」は、記紀神話(古事記・日本書紀)の天孫降臨で、ニニギノミコトが天から降り立った高千穂から移動し、上陸・滞在したとされる場所です。現在の鹿児島県南さつま市、笠沙町周辺から「野間」岬(のまみさき)に比定され、海と山の神話的な境界地です。
ヒルコの私と双子の弟は、
橋本家と川田家の子として、千代田村福島フクシマにて産まれ育ちました。
祖母のユキちゃんは、鹿児島県大隅町岩川の隼人にて産まれました。
ヒルコは、16歳で、五ヶ瀬桑野内の橋本に戻り猫神との、リアルすずめの戸締りをデビュー🐈⬛.

そして、いま、
「野間」に住んでおります。
そこには、コノハナサクヤヒメがおります
そして、ヒルコの双子の弟の子には、
「コノハ」と名付けられました。
そしてなぜ、川田家は、
父に、タカミムスビの名をつけ、
ヒルコの私の名に、佐の神と、機織りの名を残し、双子の息子に天皇の仁の名を残したのか

ニニギノミコトとコノハナサクヤヒメの物語は、川田と橋本(喬木)だよっと…。
高橋神とコウロギ家は
伝えたかったのでしょうかね

五ヶ瀬桑野内は、鹿児島だった時代があります

西郷隆盛、橋本隊VS明治政府は、
鈴ちゃんちの高天原で何が理由で戦ったのでしょうか…。
そして、霜の宮の名のつく鈴ちゃんちの、橋本家は「宮原」です。
群馬県の高橋神と川田のいる地は
群馬県(上毛野)と栃木県(下毛野)の合わさったとこにいますので
それを「両毛」と言います。
「両毛」と「宮原」
ヒントが散りばめられております

チンギス・ハーンとは

もしや??


ヒルコ

岐の神 (フの神)
岐の神(クナド、くなど、くなと -のかみ)、とは、古より牛馬守護の神、豊穣の神としてはもとより、禊、魔除け、厄除け、道中安全の神として信仰されている。 日本の民間信仰において、疫病・災害などをもたらす悪神・悪霊が聚落に入るのを防ぐとされる神である。また、久那土はくなぐ、即ち交合・婚姻を意味するものという説もある。