いきなりシリアスなタイトルなんだけど、
昨日、ひょんなことからたどり着いたブログで、それが、それがすご〜く当たりだったの
!こりゃ、聖霊ちゃんの導きだとしか思えない![]()
昨日たどり着いたブログは、芙蓉さんという方のブログで、旦那様からのDVのご経験があって、5年の別居の末にまた一緒に住むようになった方です。そして、そんな地獄のような家族経験を積んで、今は信じられないようなチョーHappy生活!!![]()
最初に全く知らないまま早速kindleで買って読んだ本がこちら。
もう、この本。最初の方から釘付けで。いっきに4時間ぐらいで一気に読みました。
芙蓉さんは、旦那様がDVをするようになってしまってから、別居、浮気とかいろいろあって。
愛し合って一緒になったはずのカップルが、どうしてこうなってしまうのか。。。
それはこの本を読んだらよくわかります。
「クソ女!死ね!」とか暴言を吐かれ続けてボコボコにされる芙蓉さん。最初はどうしてもその旦那の行動が理解できない妻が、何年もかけて徐々に旦那様の気持ちが分かるようになっていくんですね。
その時の芙蓉さんの、自分自身を直視する目、旦那様を理解しようとするたゆまない努力。
そして、3人の子供達も一緒に傷つき、回復していく、家族全員の回復ストーリー。
もー本当に、涙ナシでは読めなかった!!![]()
芙蓉さんが経験したプロセスそのものが、泥の中から見つけた、光輝くようなダイヤモンドに変わっていくプロセスが、本当に美しかった。
私だったら、絶対別れるし、そもそもそういう徴候があった時点で、会わなくなるだろうな〜。
別に、これって別れるのが悪いとか、一緒にいるのがいいっていうわけじゃないと思うんだよね。別れた方がいいこともあるし。
でも、今の離婚の理由が、「性格の不一致」とか「価値観の違い」とか
どーも軽すぎる気がして仕方ない部分も否めない。。
私は結婚もしてないし、離婚もしてない。DV彼氏がいたこともないです。
じゃあどうしてこんなにこの本に惹かれたかというと、実は私は、「アル中、DV、浮気、共依存の親に育てられた子供」だったから。
また違う視点で、この本に出てくるような家族の当事者だったのです。
この本が、どうして愛し合っているはずの家族が、毎日が憎悪と地獄の様相と化してしまうのか。
とってもよくわかったよ。
私の父も母も自己肯定感が低い。父は毎日お酒を飲んでは荒れていた。そして母は毎日不満という毒を吐いていた。
お父さんは、家族がちゃんとご飯を食べれるように、学校に行けるように、毎日きちんと働いてくれていた。男らしく仕事してくれていたけど、一緒にいる妻がそれを認めてくれていなかったんだね。ちゃんと理解してくれなくて、いつもダメ出しや不満を言われてプライドがズタズタだったんだね。だから毎日お酒飲んで、家族に威張らないとやっていけなかった。
お母さんは、毎日家族のために食事を作ったり、掃除洗濯していたり、仕事を手伝ったりしていたけど、旦那は毎日飲んだくれているし、なかなか旦那には感謝されないし、子供達は掃除したそばから汚くするし、勉強もやらないし言ったことをきちんとやらなくてコントロール不能だし。
この本は私の深いところにあるどす黒い男性に対する不信に、光を当ててくれたのです。
父は、なんとか自分のやり方で家族を愛そうとした。本の中にある、暴言を吐く旦那さんの言葉の奥深くにあるものを観て、こう書いてあった。
「怒りの奥には、凍えるような寂しさと深い悲しみがある」
そうだったんだな〜と思った。
私はちょっと男性性の強い男性がとっても苦手で、あまり近づきたくなかったんだけど、
これを読むと本当に、ガラスみたいに、繊細で怖がりな側面があるからこそ、攻撃性が出てくるんだなって、よく分かる。人を信頼できないから、すぐに怒りに転換されやすかったり。
人って実は、多から少なかれ、妄想の世界に生きているんだよね。
奇跡のコースでも、よく「この世は存在していない。神の愛のみが存在する」と書いてあるけど、それは人が突き動かされるエゴという構造そのものが、そうなっているからだね。
「神から離れた」だから「何かが欠乏している」
「だから外側にそれをずっと追い求めている」
その構造。私の父の凍りつくような寂しさと深い悲しみも、実はエゴの間違った知覚から来ている。
全てのこの世の悲しみ、怒り、恐れは本当は存在していない。
どうか、キリストよ、私がキリストの目を通して、この世界を観れますように。
私に罪はありません。
神は無条件に私を愛してくれています。
神がやりたいことは、私を永遠に大切にすることだけです。
なぜなら、神は私が神と同じように、全く罪のない存在だと、知っているからです。
罪は、赦されています。