考えてみれば私、ふたりが兵役に就く前あたりから、ときめきを得ることが難しくなっていた。
私は彼らのファンになってからずっと、ふたりにはふたりにしかわからない特別な絆があるのだ、と信じていた。
それがあると信じていたから、彼らを愛し、何なら尊敬までしてたのだ。
と言いながらも、ファンになって以来、疑問が湧いてくることは時々あって、だけど仲良さそうなふたりを目にすることで、そんな疑問は取り払われ、どこかに封印してしまっていた。
だけど兵役が近づいてきて、各々がその準備にかかり始めたころから、すべてを封印することが、難しくなっていた。
兵役と言えば、韓国人男性誰にとっても、人生の一大事。
仕事だけじゃなく、プライベートの色んな後始末とか準備なんかもあるわけで、それこそ自分が大切と思うものから片付けていくし、根回ししていかなきゃならない。
結果、そのあたりで実際に関わる人間たちっていうのは、その人にとって、とても大切な存在ってわかってしまうし、それ以外の人は、後回しになったり、おろそかになったりしてて、こういう時期には、そういった関係性が垣間見えてしまうから。
そう、ふたりの場合、どう見たって、その時期に、お互いの存在ってものを必要としてない。
このふたりってやっぱり、そこに東方神起っていう仕事が無かったら、絶対につながり合わないふたりなんだろうなって確認してしまった感じがした。
もうそれだけで、私の東方神起熱が、冷めていくに充分で。
そのうえ、そのふたりの関係性を晒したまま、本人たちは兵役に入ってしまい…。
だから、私の気持ちは修復されることなく、温存された。
兵役中の坊主頭のふたりには、ほぼ興味を覚えず、追いかけたい気持ちにもならなかった。
それでも退役が近づいてきて、もしかしたら久々のふたりの再始動とともに、私のときめきも復活するかも?なんて気になったよね。
それなのに、ふたを開けてみれば、期待もむなしく、しょっぱなから、ユノの周りにオギオギオギ…という惨劇にハッキリと出鼻をくじかれ…。
それでもチャンミン復活後のブロマンスアピだけには、一瞬ときめこうとしたのよ。
だけどやっぱり実行は言い訳程度だったな。
そりゃあそうだよね、だって、ユノとチャンミンの間に、そもそもそんなもの無いんだろうから。
だから、放っておいたら自然と無くなるし、無理やりやらなきゃ、そこに無い。
日本での再始動は、がっつり集金目当てにしか見えなかったし、韓国でのカムバックも、兵役前を超えるような勢いを感じることができず…。
そうこうしてる間の、SNS開設後の数々の所業によって、くしくも彼らの本音らしきものを知ることになって。
最後には、そこから見えてくる、彼らの本当の人格に、心底失望するに至るっていう。
たとえそれが、彼らの人となりの、ほんの一部分だとしても、そこが私たち日本人と、本当の意味で交わることのできない、一番大切な部分だと知った。
それはもう、ふたりの絆云々より、もっと大切なことだし、私の気持ちが、完了するには大きすぎるぐらいの理由になった。
そんなこんなで、ぐずぐずしてたから私、兵役前あたりから結局、東方神起にビタ一文、お金使ってなかったよ。
ビギも当然、継続なんてしてない。
今後もそれは変わらないし、それはもう東方神起だけでなく、韓流、K-POPなど、韓国にまつわるすべてに対して、二度と、ビタ一文、お金を使うことは無いって結論。
7年ぐらいの間、夢中だったのは5年ほどだと思うけど、楽しかったし、ファン生活は充実してたから、ふたりになんの恨みも残ってないし、自分自身への後悔もまったく無い。
何なら、韓国という国が、韓国人という民族が、どんなものであるかをより深く知ることとなり、
私の中で全否定するに至って、本当に良かったとさえ思っている。
私は、韓国の反日教育や、親日罪、愛国無罪、といった思想を肯定することはできない。
それらの思想が、韓国人みんなの(全員とは言わないまでも)心の奥底に、根付いていることを知り、また国家が根付かせていることを知り、日本人としてそれらを許容することができない。
ユノとチャンミン、彼らも例外ではなく、根底にそれを抱いていると認識したので、今後彼らを応援することはもう二度と無い。
そんなものを国民の魂に浸み込ませ、盲目的に国家のそれを信じ込んでいる個人個人、両方とも、肯定することはできないし、ましてや愛することなんてできないから。
ダメなものはダメ、伝えたいから、応援しない。
それが、今となっては幻の大好きだったふたりへの、私の意志表明。
たかがアイドル、たかが芸能人、楽しく応援してればそれで良いだけの話とも言えるけど、私個人は、それを続けていたのでは、彼らも、彼らの子孫も、変わることできないと思うから。
今の韓国見てて、5年や10年じゃ到底無理だよね、20年かな、30年かな?
いや、永遠に無理かなって、思ったりもするけど、それでもいずれ、韓国という国から、そういった思想や国家意思が無くなって、本当に心が対等な交流をできるようになること、祈っている。