第一章 ~薫~  第8話 | 恋詩~koiuta~

第一章 ~薫~  第8話

黙りこくっていた俺達のテーブルに、

平さんがやってきた。


「お客さん、終電の時間ですよ。」


にっこりと笑いかけながら、

平さんは伝票を置いてカウンターに戻った。

時計を確認すると、

たしかに終電まであと時間はわずかだ。


「おい、そろそろ帰るぞ? お前も帰って寝ろよ。」

たいしたアドバイスなどできなかったが、

とりあえずタイムリミットだ。

しかし、薫はなかなか腰をあげようとはしなかった。


「何ならウチで寝てくか? カオ?」


俺達の様子を見て、

心配してくれているのだろう。
子供を見守るような目で、

平さんは俺と薫の二人を見比べた。


「ほれ、平さん心配してんじゃねーかよ。 とりあえず立てよ。」


「・・・あぁ・・・そだな・・・。」


勘定をすませて、

ドアを開けた。

1階に降りると、

店の外は酔っ払い達が駅に向けてふらついた足取りを急がせている。


「なぁソータ。俺さ・・・やってないよな?」


後ろの方からぼそりと聞こえた。
駅までの帰り道、
隣にいたはずの薫が、いつの間にかずっと後ろにいる。
どうやら立ち止まっていたようだ。
薫は、
目を真っ赤にして泣いていた。
初めて見る、
薫の崩れた表情。
俺は、
薫に向かってマルボロを投げた。
とっさに投げられた箱を薫は左手で掴んだ。

「なんだよ、これ。」


かける言葉が見つからなかった俺は、
そんなことしかできない。

「それ吸ってしゃきっとしろよ。

 むしろニコチンでげんなりするかもだけどな。

 まぁ、それもいいだろ。」


「意味わかんね(笑)」


薫は、あと数本しか入っていなかった箱から左手で器用に一本とりだす。

そして、自分のライターで火をつけた。

箱を俺に投げ返して、薫は笑った。


「さんきゅ。

 なんかちょっとラクんなったよ。

 俺んち、こっからだとタクシーでもそんなかかんねーから、

 しばらくふかしてから帰るわ(笑)」


まだ目は充血していたと思う。
だが、

その表情は少し赤みを取り戻していたとも思う。


「おう。俺はこの電車逃がすとやべーから帰る。また明日な。」


泣きっ面は、友人なんかに見られたくないもんだ。
俺は踵を返して駅へと向かった。


「ソータ! 今日はまじでさんきゅな!!!」


周囲の視線が集まるくらいにでかい声。

振り返るのが恥ずかしかったから俺は右手を軽くあげた。
熱い奴だ。




この日。
薫はいなくなった・・・。