「夏のにおいがする」



隣に座る君が、ふいにそう呟いた。

窓の外にはどこまでも続く青。
陽の光を一身に浴びたそれは、キラキラと眩しく、まるで宝石を散りばめた様。



海を好きになった「初めて」があったとしたなら
きっと、その時だったかもしれない。



運転席の僕からは、その表情がうかがい知れなかったけれど、

あの時、、そう呟いた君はどんな顔を
していたんだろう。



「ハハッ 何言ってんの?」

「ね、知ってる?季節にはさ、においがあるんだよ」



あの頃、そんな話を聞いたこともなければ、そんな事を言う人もいなかった。
ワケが分からない僕は、頭の中が一瞬、真っ白になった。


「ん?どんな匂いがするの?」


そう聞いた僕に、何かをじーっと考えながら少し間をあけて…


「うーん、、言葉では表現しにくいよ
夏のにおいだよ、ほら、夏の!」


そう答え、目を閉じ腕をめいっぱい広げながら再びそのにおいに浸っていた。


(こいつ…笑)って思いながらも、
「なんだよそれ?だから、それを聞いて…」と、言いかけて僕はやめた。

あの時、それを理解できなかったほんの悔しさと、何より余りにも君が嬉しそうな顔をしてたから。


(季節に…匂い?)


車を路肩に止め、二人して外に出た。
眼前に広がる穏やかな海。
眩しく、痛いほどの陽射しだけれど、
時折吹き抜ける風が優しかった。


深呼吸をした。
思いっきり、ゆっくりと深く深く。
1回…2回……3回……。


「うーん…?やっぱよく分かんないや」

「あははっ、いつか分かるといいね」


背中越しにそう言った君は、勝ち誇ったように無邪気な顔で、ただただ笑ってた。



不思議…
その顔だけは今でも鮮明に憶えてる。

正直、あの時の僕には感じることも理解することも出来なかった、
君の言った事が、その意味が。



あれから、何年の月日が経ったんだろう。
夏の終わりに、決まって僕の心をよぎる君との思い出。



目の前に広がる透き通るような青空に
ゆっくりとふわりと、音もなく静かに流れてく雲。


(あの時と似てる。)


そう思った瞬間、心が締めつけられた気がして、ふいに自転車のブレーキに手がかかった。



「季節にはさ、においがあるんだよ」



あの時の笑顔
あの時の笑い声
今でも脳裏に残ってる。


君は、
こんなにも高い高い空の上なのに。


もう二度と逢えることはない
けど、いつか僕がそっちに行ったらさ、
また笑って話せるかな?
こっちの世界でまだまだ頑張るよ、
君の分まで。


ふと、そんな気持ちになった。
そんな、それくらい蒼く澄み渡った空。


今ではさ、あの時話してくれた君の言葉が分かる気がする。
時間、かかっちゃったけど。


僕も、少しは大人になれたかな…





目を閉じて、ゆっくりと深呼吸した。
思いっきり、深く深く。

自転車のペダルに足をかけ、また走り出した。
そんな、とある夏の日。





友よ、


「秋がもう、すぐそこまで来てるよ」