「大丈夫?混乱してるんだよね?僕はナラリリア国で不妊治療専門のクリニックをしている医師のラーラだ。
君の手当ては任せて。大丈夫。外傷は研修医の時以来だけど、大丈夫だよ。」と彼は照れ臭そうに笑った。
あ、このひとお医者さんなのか。いい人なのか?信じていいのか?
いや、不妊治療なんてマニアックというか異世界でも不妊治療あるのか。
以前の私の専門分野も不妊治療。
これはやはりつながってる。
だいたい異世界の話って、最初に会う人がキーパーソンだから、
これだけ運命感じれば信じていい確率90%ってところかな…。
「大丈夫です。不妊治療のお医者さんなんですね。ラーラ先生ですね。私は、ナナといいます。」
「不妊治療をご存知なのですね。いやはや言葉も通じますし、医療用語もなにかと通じるとなると、
一般常識程度の言葉の意味はナナさんの国の言葉と変わらないのかもしれませんね。」
優しい笑顔だ。
サラサラの赤い髪、赤い瞳、宝石のガーネットのようだ。だからこそ白い耳がやたら目立つ。
いや、どこからどう見てもイケメンだからこそ、
薬草を塗ろうとしだす彼に羞恥心を感じてしまう。
恥じらいは客の要望で管理しろと言われ続けた私が…しっかりしなくては。そう脳裏にちゃちゃ時の記憶がよぎった。
私は先ほどの羽織を脱ぎ
「申し訳ないです。よろしくお願いします。」そういった。
彼は赤い瞳を潤ませながら
傷ついた私の全身をお湯で絞ったガーゼで優しくふき取りながら、薬草を塗布していった。
ほんとにほうれんのみじん切りを、塗布されているみたい。でも、ひんやりしてて、傷で熱した身体にはよさそうだなと思った。
いや、丁寧なのに、テキパキしてる。
処置は丁寧な医者は人気高い。それに優しくてイケメンならなおさらだ。
この人スタッフウケ、患者さんウケもいいだろうな…と考えていたとき、
彼が背面処置を終え、前面を処置し始めた。
拭き取るまでわからなかったが、
右胸全体に“汚”、左胸全体に“女”と合わせて“汚女”と傷つけられていた。
前腕には“キタナイ”“醜い”“キモイ”
足には“生きる価値なし”精子を表す“オタマジャクシ”のような絵がところどころにある。
あ、ここまでひどかったのか。
私が文字を目で確認していると、
彼が、「聞くのは、申し訳ないのですが、この傷は…ナナさんの国でのものですか?」と聞いてきた。
私は笑いながら、
「そうです。なんかすみません、こんな作業までまかせてしまって。」そう伝えながら、
必死に出てこようとする涙を止めた。
笑うこれは営業、大丈夫。私はちゃちゃだから。
笑わないと。自由がなくなる。大丈夫。心の中で繰り返した。
そしてさらりと、過去の今に至る話をした。
そう、日本ではタブーだった誰にもできなかった話をした。友達にも話せなかった話をした。
笑いながら話した。面白おかしく話した。
ちゃちゃである私は、客の言動からすべてを読み取るように要望を応えるようにしつけられていた。
つらくても笑って対応を望むものもいる、そして頭では表情から相手の情報を読み取りながら
自分がつらいという方向にもっていかないようにしていた。
薬草を塗布し終わった彼は、
循環が悪くならないように緩めに包帯を全身に巻き付け、羽織を着せてくれた。
その後、私の両手を握って、
「笑わなくていいんですよ。泣いて大丈夫ですよ。」と言ってくれた。
でも、泣けなかった。なぜか、笑顔しか見せれなかった。
さっきまで泣きたかったのに、泣くってどうするんだっけ?
今泣くべきなのに…。あ、私うまく感情表出できないところまできてるんだ、そう解釈した。
そんな私を見て彼は泣いていた。
赤い瞳から、きれいな涙を流してくれていた。
あ、なんてきれいな涙なんだろう。私には、一生こんな涙は流せないだろうな…。
転生しても、穢れを忘れることもできず、穢れをもって転生するなんて私らしいや。
私は、泣き崩れた彼の顔に触れ、羽織で涙をふき、
「先生ありがとう。私のために泣いてくれた人、先生がはじめてだよ。以前もこれからも。
だから、笑って。もう大丈夫だから。処置してくれてありがとう。」
そういった。
彼は、せつなそうなまた泣き出しそうな顔をしながら、優しく笑った。