司法書士事務所の片隅にいると、ときどき妙なことが気になる。仕事のことだったり、人のことだったり。


今日も事務員席から、世の中を少し眺めてみる。






司法書士事務所で働くようになって、名前で使われる漢字に対する見方がかなり変わった。


たとえば「さいとう」さん。


斉藤、斎藤、齋藤。


「わたなべ」さんも、渡辺、渡邊、渡邉。


もちろん、これはほんの一部だ。

世の中には、超絶レアな「さいとう」さんや「わたなべ」さんがいて、その方達に一生出会えないかも、と思うとなんだか勿体ない気さえしてくる。


戸籍や登記に関わる書類を扱っていると、こういう漢字にちょいちょい出会う。


先生は、ときどき虫眼鏡で戸籍を見ていて、机に古い戸籍を広げ、虫眼鏡を片手に小さな文字を追っている姿は、なかなか様になっている。


同じ虫眼鏡なのに、私が持つとただの老眼対策。

これがプロの醸し出す雰囲気というものだろうか?



一見同じに見える漢字でも、よく見ると点の数が一つ違う。棒の長さが違う。出っ張っていたり、いなかったり。


線が、つながっていなかったり。


本来なら少し離れているはずの二本の線が、パソコンで普通に変換すると仲良くつながっている。

それが本来の字体なのだから当たり前だ。


でも、その人の名前には、ほんの小さな隙間がちゃんとある。


ところが、パソコンにはそんなことは関係ない。

出ないものは、出ない。


「この人にとっては、この隙間が心底大事なんです」と訴えたところで、パソコンの知ったことではない。


パソコンは、人間の事情など察してくれない。






ある書類を作っていたとき、まさにそんな文字にぶつかった。


いつも使っているシステムでは出せるのに、別の書類を作ろうとすると、どうしても出てこない。


さて、どうする。


フォントを変えてみる → 出て来ない

システムの文字を引っ張れるか → 出来ない


たった一文字のために、それまで順調だった書類作成がぴたりと止まった。


こうなると、こちらもだんだん意地になってくる。


そこまで隙間が必要だというのなら、

私が作ってやろうじゃないか。


あれこれ調べて、ようやく目的の文字を見つけた。それを画像として取り込み、大きさを合わせて、書類の中に収める。


…できた!

ちゃんと離れている。


わずか1ミリ程度の小さな隙間である。


私は隙間を守ったんだ⋯!

その瞬間だけは、いっぱしのボディーガードになったような気がした。


繰り返し言うのもアレだが、

守ったものは、人ではない。

ただの隙間である。






考えてみれば、名前というのは不思議なものだ。


こちらから見れば、ほんの少し線がつながっているか、離れているかという違いでしかない。


けれど、何十年も自分の名前として使ってきた人にとっては、「ほとんど同じ」ではないのだろう。


たかが隙間。されど隙間。


そこには、その字を長く使ってきた人にしか分からない、こだわりがあるのかもしれない。


なんだか最近、私にも少し分かるようになってきた。

隙間の美学というやつが。



司法書士事務所に転職しなければ、こんなことを真剣に考えることは一生なかったと思う。


最近では、人の名前を見ると少し気になる。


「さいとう」さんなら、どの「さい」だ。


「わたなべ」さんなら、どの「なべ」だ。


以前なら素通りしていた点や線や隙間が、妙に目に入る。


どうやら、漢字に鼻が利くようになってきたようだ。