オバマ大統領が広島に訪問ーーー
私の通っていた神奈川県の小学校では当時、
原爆の恐ろしさについて学ぶ機会が多かったのですが、他の学校ではどうでしょうか。
また、今の学生たちはどうでしょうか。
おぼろげな記憶の中で、
視聴覚室に展示されていた生々しい被爆遺体写真の数々や、
まだ箱型だった教室のテレビで見た、豚を使った核実験の様子など、
この年齢になってもぞくりとするような映像が思い出されます。
そういえば、男の子たちも図書室の自習のときには、はだしのゲンをこぞって読んでいました。
今、長い時間が流れて、
教科書の改定問題などが取り沙汰されていて、
子供達に残酷な映像を目の当たりにさせることへの倫理的な観点が問われたりしますが、
私は、トラウマになるほどの強烈な記憶は、
あって然るべきものだと思います。
怖い。恐ろしい。悲しい。気持ち悪い。
目を逸らしたくなるような凄惨な事態は、たかだか数十年前に事実として起こりました。
はっきりと心に叩きつけて、戦争をしてはいけないと誰もが認識しなければならないと思います。
普段は政治になんてあまり関心がないし、
愛国心など考えることすらあまりないのですが、
オバマ大統領が広島にいらっしゃるということを知って、わけもわからぬまま胸が熱くなりました。
きっと、意識せずともこういった気持ちになる、ということが、あの頃私が受けた戦争教育の成果なのでしょう。
高校の修学旅行で、長崎の原爆資料館を訪れた際、
展示物の前で思わず泣いてしまった私に、
近くに立ってらした老婦人が、
『泣いてくれてありがとう』
と声をかけてくださったことがあります。
私はそのとき、なにも言えずにただ泣くことしかできませんでした。
アメリカの多くの人は、原爆を投下しなければ、もっと甚大な被害が出た、と言います。
日本が真珠湾で卑劣な先制をした結果を終結させた、と考える方が驚く程多い。
韓国の方、中国の方、それ以外にも、日本が加害となった全ての国の方。
日本がしたことも、決して許されることではありませんが、
私たちが広島・長崎の名前を出すとき、
それは自らを含めた戦争の残酷さを客観的、そして絶対的に非難する為のものであって、
謝罪や賠償が欲しいわけでも、自分たちを正当化して加害を希釈しているわけではないのです。
韓国の新聞で、今回のオバマ大統領の訪問について、反日的な見解がありました。
アメリカで、日本へ謝罪することへの牽制をする見解がありました。
全て間違いだと思います。
原爆資料館も、記念公園も、責任の所在を問う為のものではありません。
日本人は、被害者になりすましたいわけではありません。
戦争はしてはいけない。
自国他国問わず、
そう感じてもらいたいだけです。
されたことへの憎しみだけでは何も生まない。
加害という立場に一度なってしまったら、
永遠に平和を叫べないのでしょうか。
どうか、1日も早い世界の平和と、人権の為に。
