智(し)らないことを 
もっと智(し)りたくなる仕掛人
Rin field 代表 前田陽子です。

 

風化してはいけないことは、たくさんあります。

そんな中、一番風化してはいけないことは、戦中・戦後に先人の方々が体験してきたこと。

戦争というもの、原子爆弾による被爆など・・・。

原子爆弾=広島・長崎ではあるが、もうひとつの場所で、

被爆していることを忘れがちであるが、

それは、1954年3月1日マーシャル諸島のビキニ環礁沖

爆心地より 160 キロ東方の海上で操業中の第五竜丸をはじめ、多くの漁船が

突如西に閃光を見、地鳴りのような爆発音と共に、

アメリカ軍の水素爆弾の実験によって発生した多量の放射性降下物(いわゆる「死の灰」)を

浴び、第五福竜丸乗組員23人全員が被曝したのです。

そして、無線長だった久保山愛吉さんは、半年後にお亡くなりになりました。

その爆弾は、広島に落とされた原爆の1000 倍(15 メガトン)の破壊力でした。

 

アメリカは 1946 年から 58 年までここを核実験場とし、67 回もの実験を行いました。
そして、実験場とされたビキニ環礁とエニウェトク環礁をはじめ、

多くの環礁や島が被害を受けたとされています。

 

2010 年 7 月、ユネスコ(国連教育科学文化機関)により、

ビキニ環礁世界遺産に登録されました。

その理由として「珊瑚礁の海に沈んだ船やブラボー水爆の巨大なクレーターなど、

核実験の証拠を保持している。繰り返された核実験はビキニ環礁の地質、

自然、人々の健康に重大な影響を与えており、平和と地上の楽園とは矛盾したイメージを

もち核時代の夜明けを象徴している」と発表しています。

同環礁の住民は、いまも帰ることはできません。

 

第五福竜丸は、1976 年 6 月に東京都立第五福竜丸展示館が開館し、

船は展示・公開されいます。

 

死の灰を浴びてから63年。

昨日の核兵器廃絶の行進が、メディアで取りあげられることで、

多くの人が、再認識するでしょう。

風化されないように、していかなくてはいけないことです。