《和空法隆寺の語り部と巡る!世界遺産法隆寺 再発見ツアー》
これみて宿を決めたようなもの
翌朝、語り部(案内人)による、宿泊者限定法隆寺ツアー参加(9時~11時)
宿から徒歩30秒で法隆寺到着
見た目オードリー(芸人)の若林さんにしか見えない30代前半ぐらいかな
若い案内人なんで法隆寺の年代とか通り一遍のこと喋るだけ・・と思っていたら
私の予想はいい意味で外れました
自己紹介で「経典マニア」とおっしゃってた
経典マニアとか初めて聞いたいろんなマニアがいるもんです
「ほんとなら12時間ぐらい喋らないと語り尽くせません」とも
話がそれました法隆寺ツアーに戻ります
法隆寺は2度目
前回は2008年6月。15年9ヶ月ぶりの訪問になります。
法隆寺南大門
仁王門
左:顔下は修理あり 右:昔のまま
五重塔と金堂
内部は撮影NGなので外観のみ
五重塔
四隅の柱を支えてる鬼?
金堂
案内人の説明によると、石は座布団の役目・・だそうです。
四隅の狛犬?(一ヵ所忘れました)
柱に巻き付く龍
修理跡が残る廻廊柱
他の柱と修理法が違うなと思っていたら
これだけ、比較的新しい年代だそうです。
↓↓
亀裂が出る前に柱をわざと割って、隙間を埋めている
ピンポイントの撮影場所も教えてくれました
廻廊屋根が富士山の形
江戸時代前期、江戸幕府の第5代将軍徳川綱吉の生母であるお玉の方(落飾し桂昌院)の寄進によって伽藍の大規模な解体修理が行われた
ドーンと真ん中にある灯籠には徳川葵紋と本庄家紋が入ってます。
(本庄家はお玉の方の養父家)
五重塔上部にも葵紋、何とか見えたけど、カメラではボケちゃって無理
鏡池と手水
夢殿へ向かいます
法隆寺東院夢殿
解説いろいろ聞いた中で腑に落ちたことがありました
玉の輿語源・俗説
八百屋の娘として産まれたお玉は、三代将軍徳川家光の側室となり、五代将軍となる綱吉を産んだ。綱吉が将軍となった後に、官位は従一位となったが、これは春日局の従二位すら超えており、女性としては最高位である。八百屋の娘が将軍の側室となることによってそのように登りつめたことより、玉の輿の語源はこのお玉だというものである。
有名な「松の廊下刃傷事件」
浅野内匠頭がなぜ即刻切腹申しつけとなったのか不思議に思ってた。
この日は五代将軍綱吉の大事な母君の官位従一位のお披露目会だったから怒ったんですね