ブログを書く前にTwitterをチェックしていたら、
上のTwitter
私も気になるのでフォローしました。
こちらから→★
今年、広島の原爆をその当時に本当にいた人の日記からツイートする試みもされています。
年代も職業も違う3人の当時の日常がわかります。
ひろしまタイムラインとして、
NHK広島放送局がやっていますが、
ツイートの運用は今の若者たちが、その時の思いを想像しながらしているそうです。
明日8/15は終戦記念日ですが、
熊谷市の空襲があった日でもあるのです。
詳しくは、こちらから
東京で生まれて、
埼玉で育ったRinda工房ですが、
今住んでいる街で夏休みに『熊谷空襲』のアニメ映画の上映会があって、初めて知ったのでした。
子ども達を連れて見に行ったけど、小さかったから子どもは覚えていないかも?!
育った街は、
今住んでいるところから車で40分くらいですが、
大きな街としては熊谷より、春日部、大宮に近く…結婚してここに住むまであまり知識がなかったな。
熊谷のうちわ祭りなどで裏道に逸れて星川沿いをそぞろ歩きしたり、
今はないけど、映画館があったり、
そんな街中が終戦を迎える日の夜中に一斉空爆でやられたのです。
広島、長崎の原爆のあと、直ぐに敗戦を決めてくれていたら、被害に合わなかった人たちがいたのですよね。
(もっと言えば、原爆落とされる前に敗戦濃厚とみんな気付いていたハズ…)
私の父は、山梨県の甲府空襲(終戦の年の7月)で運良く生き残った人です。
(甲府駅の国鉄貨物で働いていたのですが、夜勤明け非番で家に居て…働いている日だったら直撃されていたと話していました。当時15才)
広島、長崎の語り部が、だんだん少なくなっているけど、
若い人が引き継いているという報道も見ましたが、
記憶をつなぐ事の大切さ…
どうしたらいいんでしょうね。
今年の広島放送局の新たな試み、
偶然、フォロワーさんのリツイートで見つけた熊谷空襲の試み、
新しい記憶の取り組みに期待しています。
昨夜、思い付いて、
今日編んでみたらいい感じ😊