自分にとって都合の悪いこと

心地よくないことからは目をそらす

 

わたしも、ある時期からそう生きていましたが

当時の決断もそうでした。

 

魂のレベル

転生を繰り返した古い魂と

まだ若い魂の学びと役割

そのような目線で見ると

いろんな物ごと、人を許したり

受容したりがし易くなりました。

(これは許しでも受容でもありません)

 

また、当時、好きだったんだけど違和感もあった

『アミ小さな宇宙人』

の中で使われる「愛の度数」

地球滅亡時に、

救われるか取り残されるかの境界線

小説ですが、影響を受けた人は多いかと思います。

当時は違和感を覚えつつ

(違和感を覚える自分は取り残されるのかなとも思いつつ笑)

でも、その違和感を

自分の感覚を掴みきれていなかったので

外に求めるしかなかったのです。

 

 

イエスや釈迦の教えにふれ

般若心経のメッセージにふれ

覚者の言葉に耳を傾けて

『そうである』と感じていても

 

当時流行っていた

(今は情報を集めていないからわからない)

ひと時は離れていた世界観へ

 

自分に向き合うのをやめて

外に意味を求めた、ということです。

 

 

スピリチュアルと出会った頃の学びの場

わたしがその世界を離れたのは

 

『あなたは地球生まれの魂ではなく

 他の銀河から地球のアセンションを手伝うために転生してきて

 肉体を持ったために地球の重い波動に飲み込まれ

 本来の使命を忘れてしまった魂である』

 

『この世界で憂き目にあう魂、悪行をなす魂は

 生まれる前から、周囲に気づきを与えるために

 その役割をすると決めてきているので大丈夫なのだ』

 

さらには

『大震災で被害にあって亡くなられた方々は

 役割を果たして火星で転生の準備を始めている』

そのような話が学びの場で語られていたからで

 

エゴに気づきエゴを手放す

という取り組みをしながら

『自分たちは使命のある選ばれた魂である』

という選民意識に違和感を覚えたからです。

 

その世界に違和感を感じて

『覚醒』『悟り』の道を極める選択をしました。

自分の内面と向き合う決断です。

 

結局、手放せないものが内にある私は

『頭ではわかってはいても、そう在れない』

という状態を続けていたので

 

『自分は母たちとは違うのだ』

という世界を選びました。

 

でも誤解のないように言えば

それは私の観念から見た世界です。

 

当時の私が『そう解釈した』『そう意味づけした』

世界なのであって

誰かに、何かに感じたことも

フィルター越しの違和感であったりもするし

また、とても大切な感覚の違和感であったりもしました。

 

 

『スピリチュアル』はただの言葉で

いろいろと使われているので

この言葉を使うと

自分の認識している『スピリチュアルの意味』に

自動変換されてしまうかと思います。

 

悟り系スピリチュアル

キラキラ系スピリチュアル

 

他にもいろいろあるけど

私が所属?していたのはこの2つ...なのかな

 

『ワンネス』『個であり全である』『愛』

をベースにするスピリチュアル

 

『神の教え』『仏の教え』『覚者の言葉』

からの

『自分の一瞥体験』『チャネリング』等

を経て伝えられる悟り

 

誰かを救いたく、気づきを与えたく

愛と光に導きたい。

 

 

 

私は

スピリチュアルカウンセリング

禅タロットリーディング

シータヒーリング

をしていました。

 

OSHOの禅タロットは

当時、当たりすぎて怖くて

見たくない自分にふれたときのエゴの抵抗や

嬉しい結果が出たときのエゴの反応(即手放せない感情)に

振り回される感じがあったので

封印しました。

今も手元にはあり、そのエネルギーは好きです。

 

 

シータヒーリングについては

当時も思うところはありました。

 

お金さえ払って受講すれば

誰でもできるようになる...

 

そんなことあるわけないキョロキョロ

と思ってはいたけれど

なぜ惹かれたのか

 

当時、縁のあった

周りから「覚者だ」と評されていた方が

シータヒーリングをしていたからです。

 

 

ここからはただの体験談の物語。。

を書いていたのだけど割愛します。

 

シータヒーリングのセミナーを3つ受講して

プラクティショナーになりました。

 

そして、シータヒーリングを始めるきっかけになった方の

セッションを受けるために上京もしました。

憧れの人に会いたくて

 

当時の私には

まだ自分がありません。

ただ、『信じる』力は強かった。

『信じたい』という気持ちの中で

自分を揺さぶる何かの感覚もあって

 

 

 

ただ、シータヒーリングを使う

カウンセリング等をしていたときに

 

商売として成立させるなら

クライアントが必要で

安定して収入を得るなら

継続されるのはうれしいことなのかもしれないけど

 

ひとりのクライアントの方が

依存に入っているのがわかっていて

 

占いが好きな方とかは

カードリーディングにも依存して

何かをする際には、

それがないと行動できないとかを見て

 

そういう現実が

当時の私には苦悩になっていきました。

 

こういうのを望んでるわけじゃない。

依存して欲しくない。

 

ヒーリングは誰にでもできる。

シータヒーリングじゃなくても

ヒーリングもリーディングもできる。

(必要であれば)

 

自分を変えられるのは自分だけで

みんなにその力があって...

 

 

 

 

じゃあ、

『自分とは何なのか』

『本来の自分とは何なのか』

『この感覚は何なのか』

 

悟った、一瞥したと

ブログを書いたり

本を出したり

セミナー開いたりしている人たちにすら

違和感を覚える私ってなんなのよ...

 

難しいようで簡単だった悩み

『そうである』と感じる方にいけばいいのに

 

まだ何かを体験したくて

別な自分探しに出かけるのでした。