『ある場所で蝶が羽ばたくと

 地球の反対側で竜巻がおこる』

 

ほんの些細なことが

さまざまな要因を引き起こし

大きな事象の引き金に繋がる

 

日本のことわざである

『風が吹くと桶屋が儲かる』

に通じるところがある。

 

これは、

目に見るもの(蝶の羽ばたき)

感じるもの(それによって起こる風)等だけでなく

言葉(言霊)、思うこと・感情(念)など

(思えば、口に出すのと同じようなものですが)

目に見えないものごとにも言えることかなと思います。

 

 

一部のスピリチュアルに傾倒すると

目の前の現実は自分が望んでいる、引き寄せている

波動が上がると波動の違うものごと(人含む)は存在しなくなる

と考えるようになるために

ネガティブな事象から目をそらす人もいると思います。

 

また

自分は魂のレベルが高いから

自分は光だから

自分には使命があるから...と

自分を正当化し、少し高みにいると認識するために

好ましくない存在

ネガティブ・負・闇・愛を感じられない人..などを

分断していきます。

(個であり全であると言いつつ)

 

そのために

ほんとうにさまざまな設定をしています。

 

一部のスピリチュアル人が

光であり愛であると言いたいとき

そこには、闇の存在がどうしても必要です。

 

高次の宇宙人、

高次の存在と繋がることが前提の場合

対として出てくるのがよく耳にする

レプティリアンです。

 

最近目にしたのは

『今の地球上の人間にはレプティリアンの遺伝子が入っているから

 その遺伝子を書き換えるために使用されたのがワクチンで

 レプティリアンの遺伝子を50%以上もつ人間は

 命を落としてしまう。

 ワクチンを打たなかったのは、遺伝子書き換えの必要がなかった人間。

 これは地球をレプティリアンから救うために仕方のないこと』

みたいな...

 

一部のスピリチュアル人は、安堵し感動するかもしれない。

これは聖戦であり、聖なる犠牲はつきものだと。

 

都合の悪い存在、明らかな悪に感じる存在を

『悪魔だ』『レプティリアンだ』『闇の存在だ』

としてしまうのは、とても楽なことです。

 

それは、

闇の存在のおかげで存在しうる光です。

闇を生み出してしまう光です。

 

また一部のスピリチュアルでは

この世界をゲームに例えます。

この世界は仮想現実です。

その設定を用いている人の中には

『自分は悟った』と言う人もいますが

「個々の魂の体験・修行の場の仮想現実」

「そのコントローラーを握っている真我」

のような設定は

その仮想現実のゲームの中の『悟り』にすぎません。

 

チャネリングでメッセージを受け取ることはできるでしょう。

それは、あくまでも『この世界』の存在からのメッセージです。

『この世界』では引き寄せも可能です。

 

『この世界』で幸せにあることを望むなら

それらのような設定で生きるのも構わないでしょう。

 

 

イエスは言いました。

「父よ。彼らをお赦しください。

 彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」

 

これは、イエスを死刑に追い込んだ人

死刑を執行した人のみに向けられた祈りではありません。

 

仏教で言うところの『悟った』『解脱』した人には

赦さないといけない存在すら存在しないでしょう。

 

『何をしているのか自分でわからない』状態は

明らかに目に見えて間違ったことをしている存在だけに

起きていることではありません。

 

自分自身を注意深く観察していればわかると思います。

誰かに何かに対する怒り、苛立ち。

『このくらいならいいだろう』

『みんながしていることだから』

と行っていること。

 

自分側から見た正しさで、

相手を断罪し糾弾すること。

 

理不尽だ

間違っている

と感じることに対する

自分の対応。

 

そこに感情を乗せていないか。

どのような言葉を使っているか。

どのような口調で伝えているか。

 

感情が湧き上がる自分に気づいているか。

 

ネガティブな感情など一切ありません。

という人は、、、感情そのものがないでしょう。

 

ポジティブに固執すれば

同じようにネガティブにも固執していることになる。

感情を悪者にしない。

 

ただ、感情が湧き上がる原因に気づいて

感情に囚われないように

振り回されないように意識して

必要ならただ味わって

外に振りまかず

 

振りまいてしまったら

それに気づいて、それを認めて

必要なら謝罪して

 

まず自分が、何をしているのかに気づく。

 

自分の中の小さな怒りが

子どもの中で憎しみを育て

いつか誰かを殺すかもしれない。

 

コンビニの店員さんの笑顔が

伝染して誰かの命を救うかもしれない。

 

ほんの小さな些細な出来事が

世界を変えていく。

 

自分が変われば世界が変わる。

 

よく目に耳にする言葉だけど

その通りだと思います。