『紫が好き』と言うと

小学生や中学生のころは

「エロいんだ!」

と揶揄されましたが笑

 

紫は、いつも身近にあった色だから

 

何歳だったのか覚えてないけど

まだ、

『寝る時には目をつむるのだ』

と知らない頃

 

たぶん、初めて眠れなくて

別室にいた親に

「眠れない」

と訴えにいきました。

 

そのときに母親が

「寝る時は目を閉じるんだよ」

と言いました。

 

いつも真っ暗な部屋で寝ていたので

気にしたことがなかったけど

それからは目を閉じることを

意識するようになりました。

 

暗闇で

目の前に浮かんでくる紫のもやを

見ているのが好きでした。

 

それはときに緑色だったり

ときに黄色だったりしましたが

ほとんどが紫でした。

 

目を閉じると

さらに鮮やかに浮かんできて

それをぼんやり見ていると

いつの間にか寝ている...という感じでした。

 

それは、わたしの日常だったので

特に人に話したこともないし

みんなそうなんだと思っていました。

 

何かの存在、気配を感じることも

人の周りに何かを見ることも

人の内に何かを見ることも

 

みんなそうなんだろうと思っていました。

 

相手の考えを見抜くようなことを言うと

だいたい、気味悪がられるか怒らせるので

それは控えるようになりましたが。

 

そのことで母に

「普通じゃない」

とよく言われていたのがトラウマにもなっていたけど。

 

それからも

どんな状態でも

自分がどれだけ負の感情に囚われていても

鬱の生き地獄のようなときでも

 

そのポワポワとした紫は

わたしの目の前にありました。

(気づけない時が多かったけど)

 

瞑想を始めるようになっても

その紫を眺めているだけにしていると

穏やかで静かで

やり方にこだわると見えなくなるような

 

ある時に

それが『丹光』である。

と何かで見ました。

 

へーと思って読んでみると

『見えることがある』とあります。

『暗いところで目を閉じると』とあります。

わたしは、明るいところでも

目を閉じるとそこに浮かびます。

 

色ごとの意味もいろいろと書いてあります。

 

ほほぅ、とその頃はそれに囚われてもいたけど

誰がそう言い始めたんだろう

とも思いました。

 

わたしが見ているのは

少し明るめの紫色です。

たまに濃いきれいな紫のときもあるし

最近は子どもの時のように明るい緑も混ざります。

たまに、色の粒子がぐるぐると回っていることもあります。

とても綺麗です。

 

 

でも、見えたからなんだって言うのか。

それを見ながら

生き地獄と感じる世界を生きていたのに。

 

 

『これはこうなんです』

と誰かが言いだした意味づけ、知識は

こだわりや囚われになるくらいなら

『そうなのかもね』

『そうなんだー』

くらいで落としていくのちょうどいいです。

 

『紫が好きな人はエロい人』

と意味づけされたのと同じようなものです。