OSHO禅タロット 『THE FOOL』

 

 

 

数ヶ月前に

「あなたは人を信じすぎる

 出会う人すべてをまずは疑ってみた方がいい」

と身近な人に言われました。

 

その時に思い浮かべたのがこのカード。

『THE FOOL』愚者。

意味の読み方はその時によって違うけど

見たまんまだと、『恐れず1歩前へ〜』って感じですよね笑


 

『信じられぬと嘆くよりも

 人を信じて傷つく方がいい』

と小学生の頃から心で歌っていてニヤリ

 

わたしが信じているのは

『悪いことをする人はいても

 悪い人はいない』

ということでした。

 

それは性善説とも少し違うニュアンスです。


 

ある時期…高校後半くらいからしばらく、

人間そのものが悪であると感じていたこともあるけど…

『人間なんて害獣は滅んでしまえ!』とキョロキョロ


その時のわたしは周りから見れば

『浅はかに人を信用して騙され

 傷ついて周りに迷惑をかけた愚かな女』

だったかもしれません。

内観を怠れば、わたし自身にも

自分が『愚か』に見えることがありました。

 


虚言や

暴言等で威嚇をすることで

自己防衛をすることは

大なり小なり、

みんなにあることだと思います。

人によっては

暴力になって現れたりもする。

 


表現の仕方は異なっても

自分自身にも少なくともあり得る

わたし自身、過去に誰かにとったことのある言動でもあるから

それによって、人を責め立てることはできない。

 


人を信じることは

自分を信じること

 

人を許すことは

自分を許すこと

 

信じようと思って信じるのではなく

許さなければならないと思って許すのでもなく

 

ただ、起きてきたことを

落とし続ける。

 

その感覚を、だんだんと短くしていく。

瞬間から瞬間へ。

 

 

 

その…出来事があったとき

子どもに

「ごめんね」

と謝罪したときに

「別にいいよ。お母さんが頑張ってたことは知ってるから」

「ただ、お母さんはなんて言うか優しすぎるんだよ」

と言われて

「まぁ、わたしのモットーは

『悪いことをする人はいても悪い人はいない』

だからねー」

と答えると


「僕の好きな言葉は『信賞必罰』だから。

罪は罰せられないといけないし、償わないといけない。」

と返ってきてびっくり

『おぉ、なんかすごく成長したのね』と思いつつ笑

 

「罪を犯せば、罰せられたり償ったりが必要かもしれないけど

だからって、罪を犯した人が『悪い人』ではないってことよ。」

みたいなことを話していました。

 

 

この感覚を

数年前に、相談をしてきた友人に話したところ

「じゃあ、凜さんの子どもを殺してやるよ。

 それでも許せるの?私のこと悪くないって思えるの?」

みたいなことを言われたことがありました。


「それは起きてないことだからわからないけども

 そうしたいの?そうしたら、○○は楽になれるの?」

 

SNSに書き込まれた悪口を

自分の悪口だと思い込んでの相談でした。


名指しされているわけでもないけど

状況的にそうだと。

警察にも相談したけど、相手にしてもらえなかったと。

それは痴情のもつれでした。


こんなだったのに、悪いのはあっちなのに

なんで私がこんなことを言われて

こんな思いをしないといけないのか。

苦しくてたまらない。

見なければいいのに見てしまう。

どうしたらいいのかわからない。

 

『見なければいい』

自分で答えを出してるのにそれができない。

 

彼女がわたしに求めていたことはわかります。

話をただ聞くことと

つらい気持ちに寄り添うこと…

そして、

あちらが悪だと共感すること。

 

起こったこと(そのときは確定してすらいない情報)に

自分の中の思いを反映してしまう。

そうに違いないと思い込んでしまう。

被害妄想や自己憐憫と同化してしまう。

それに関連するような記憶と感情を呼び起こして

さらにつらい記憶と感情を増幅させてしまう。

 

一時期の自分を見ているようでした。

攻撃性が外に向くのか内に向くのかの違いはありましたが。

 

彼女の望むような言葉を与えたら

そこに深く根付いてしまう。

 

少しでも目線を変えられないかな…

と、話を聞きながら注意深く言葉を返していました。

 

同じ話が3回くらいループして

4時間くらい経過した頃(朝4時を過ぎていました)に

わたしの経験を少し話して

「わたしはね..

『悪いことをする人はいても悪い人はいない』

って思ってるからさ」

と口にした時に

「じゃあ、子どもを殺してやる」

と返ってきました。

その後、落ち着いて

比較的穏やかに電話を切ってくれましたが。

 

 

殺人は罪

罰は命を奪うこと

償いは命をもってして

 

だとして

 

なぜ、その人は罪を犯したのか。

どういう環境でどういう背景があったのか。

 

 

戦争

死刑執行人

いじめ等

 

例えば、

今の国の対策等

 

ネットでの誹謗中傷含め


直接手を下さずに

人を死に追いやるものは

 

 

この世界と社会の矛盾。

 

 

起きたこと、背景に人間がいて

その個々の人間を紐解いていくと

紐解いて、紐解いて紐解いていくと

みんな、無垢な存在になる。


ほわんとした、赤ちゃんは

どうして罪を犯すことになったのか。

 

 

罪があるとしたら

それは赦されるためなんじゃないかと

わたしは思うんです。


………

じゃあ、自分の母親はどうなった!

ですよね。


ずっと、『許さない』と決めていた母のこと。

数年前に許せたんです。


でも、まだ私の中には痛みが残ってて

許しはしても、一緒にいるのは少しつらく感じます。


今は、適度に距離を保ちつつ、交流してる感じです。


わたしは、10年ほど前に

『母を理解したい』『許さないと』と思ってから


『いや、できない』

『いや、理解したい』

を繰り返してきて


やっと許そうと思えた。

できることなら、この記憶から

このかすかな痛みも

全部消しさりたいと今は願ってます。