見えぬものでも あるんだよ

 

金子みすゞさんの詩が好きです。。

 

 

目に見えないもののお話

 

スピリチュアルという世界での体験を書いていて

先に書いておかないと表現が難しいな...と感じた世界のお話。

 

 

そもそも

魂とか、霊とか、天使とか、神様とか

念、エネルギー、オーラ、宇宙人とか

 

その存在への認識が

人によって全然違うんだ..

....ということを失念していました。

 

 

わたしの認識のお話ですが

 

子どもの頃(4〜7歳くらい)は、

この世界は不思議だな!という感覚と

宇宙の向こうへの漠然とした想い

(帰りたい…と思ってた)

頭の中に映し出されるイメージ

ほわん……と見えるもの感じるもの

幽霊?この場所、が恐い

人の周りの何かが怖い、重い

ビリビリする、チクチクする

あたたかなもの

ここは落ち着く、癒やされる…

そんな感じを、それこそ…

表現するなら、全身全霊で感じていました。


雷雨の日には

『あぁ、雷…雷すごい、稲妻きれい…』

と、何とも表現できない気持ちで

飽きることなく窓に貼りついてました笑

(これをわかってくれる人がなかなかいないえーん



保育園がお寺経営だったので

お寺の空気と雰囲気はとても好きでした。

瞑想、座禅もまったく苦ではなかった

けど、仏様とかなんとかの認識はありませんでした。


相手の望んでること

その場でどうするのがよいかを

表情読んで(恐れからではなく)

空気を読んで

理解して判断して

動くことが多くもあったし

(最近、『エンパス』という言葉も知りました…今頃?笑)


 『わかってても、やらない!』

というわがままさもありましたキョロキョロ



ある時期から

神様は『わたしに罰を与える存在』

ご先祖さまは『子孫に供養を求めている存在』

(ちゃんと供養しないと怨まれる存在)

天使は...怖い存在(ごめんなさい)

 

みたいになっていきました。

自分自身が罪悪感の塊だったからですかね。

周りからそう脅されたから、というのもあるけどキョロキョロ


常に誰かに見張られてる感じがして

『罪を犯してはいけない』

みたいな強迫観念がありました。


 


さらにある時期から

それら(魂とか、霊とか、神様とか、念…etc)
ひとつひとつに

謎解きのような情報収集をしていました。

 

すべての設定が、謎すぎて

 

宗教によって、神様が違うこと

宗教毎の争い

生まれたら神社、死んだらお寺の謎

(立派な?お墓と立派な?お葬式、という謎)

日本においての天使ブーム

天国、極楽とそれぞれの地獄

輪廻転生と過去生

いい宇宙人と…悪い宇宙人..びっくり

カルマ

幽霊・生き霊・人の念について…

(ぶっちゃけ、死んだ方より生きてる人間の方が怖かったキョロキョロ

 

 

いろいろと学んで、悩んで

迷走して瞑想して


宗教

哲学、心理学

精神医学

混ぜつつのスピリチュアル


目覚め!

悟り!?

ワンネス…

 


結果たどり着いたのは

 

『人がそうと信じるものはすべてある』

という感じ…

 

集団的なもの

個人的なもの


何が正しいとか

何が間違ってるとか

無くて


どちらから見るか

でしかない。


その人の在る場所から

見えて

見えなくても

信じてるものが

その人にとっての真実


天国(極楽)も地獄も

信じている人にはあるのだろうと

 

人はそれだけの創造力をもっている、と。

 

『この世界的に言えば』

 

 


そして、私自身の特性については

自分を見失い、

さまざまなフィルターをかけることによって

相手から感じるものは、

ネガティブなものや

偏ったものへ自動変換されやすく

表面的なものの奥にあるもの

(表現しきれないけど…)

は感じ取れなくなり

ネガティブな念を引き寄せまくって…

ほんとに…

なんだろう、長いこと、視力を失ったような感覚でしたね…



自己催眠恐るべし、でした。





そんな世界で迷走していた

「わたしの物語」

 です。