スピリチュアルという言葉を知ったのが・・・

 

2010年の秋くらいでした。

 

インターネットが普及し始めて

かなり経っていたのに

わたしはその言葉すら知りませんでした。

 

子どもが3歳になるまでは

『子どもが起きている間は携帯に触らない』

と決めていたから・・・もあるかもしれません。

 

 

子どもが生まれて

笑顔の中で子育てがしたいと考え

でも行き場はなく

笑顔を失う原因となったはずの実家に戻ってから

 

守りたかったはずの子どもの笑顔に

逆にわたし自身が励まされ癒やされながら

 

それでも子どもの頃からの

問いの答えがわかりませんでした。

 

「わたしは誰なのか」

「なぜここにいるのか」

「なんのために生まれてきたのか」

 

スピリチュアル という言葉に出会ってから

本当にびっくりしたのは

『ほかにもわたしのように苦悩して生きている人がいる』

ことでした。

 

不思議なことに

わたしは、わたし以外の人はみんな

この社会に、この世界に、適合して生きている

と思い込んでいたのです。

 

外からくる、目の前の出来事に苦悩しながらも

全体としては、適合している

 

わたしだけが違う世界観に生きていると

感じていました。

誰にも理解されることはないと。

 

それは身近に

わたし自身を否定され続けていたからでもあるし

周りの友だちのほとんどが

いきいきと生きていると感じていたからです。

 

 

ある時期、

鬱や

境界性パーソナリティ障害と言われていた頃

病名をもらって逆にホッとしたのを覚えています。

 

『わたしが異常なわけではなかった』

『わたしは病気だったんだ』

 

自分に存在価値が見いだせなかった頃は

それが救いのようにも感じていました。

 

子どもの頃に

投げかけられていた言葉

それらを呪いとして自らを縛り付けていたのだとしても

当時は、それらはもうどうにもならないほどの

心の傷であり、トラウマでした。

 

当時

スピリチュアルというものに出会った頃に

思い切って飛び込んだある学びの場で

日々、自分の経験を書き出していた時に

書くことすら苦痛で

思い出しては泣いていたことを覚えています。

 

 

基本的に

いつからかはわからないけれど

『わたしが悪いのだろう』

と条件反射のように思うようになっていました。

 

小学生の頃からいじめにあってましたが

その人達がどうしてそのようなことをするのか

どうしてそのようなことを言うのか

まったく理解できなかったので

言われるまま、されるがまま

相手にしない、という選択をしていました。

 

相手は、たとえば

わたしが泣いたり、怒ったり

反応するのを期待していたのかもしれません。

 

悲しかったことは悲しかったけど

わたしが感情的になるのは

家族に対してだけだったような気がします。

 

家族に

存在や頑張りを認めてほしかった。

ほんとうは、風変わりと言われていた

おかしな子と言われていた

わたしのありのままを

受け入れて欲しかったのかもしれません。

 

わたしはいつの間にか

わたしの『わたしらしさ』すら忘れてしまって

ひたすらに

自分の存在に意味を与えてくれる

自分を必要としてくれる誰かを

求めるだけの人間になっていました。

 

 

恋愛依存と

繰り返した自死未遂

 

助かったのが不思議だなと

思うような出来事たち

 

鬱を完全には克服できないまま

授かった子ども

 


その子どものために

強くなりたい

自分のような思いはさせたくない

変わりたい

 

そう強く願った頃の

スピリチュアルとの出会いが

 

わたしを救いながら………

さらなる混沌へといざなっていきました笑