はじめに
過去のわたしの物語を。
4歳~7歳くらいまでの自分を
思い出すと
怖い物知らずで
天真爛漫で
好奇心旺盛
当時からいろんなことを考えていて
目に見えないものが見えたり
説明できないものを感じたり
相手が子どもだからと
嘘をついたり適当に答える
保育園の先生を論破したりして
『大人を言い負かそうとする』
と連絡ノートに書かれるような…
生意気な
一部を除くと子どもらしい子どもだった気がします。
当時から、この世界に存在するすべてのものの起因が気になっていました。
心霊体験が増え、ある程度人の気持ちが読めるようになり
人の念を感じるようになり
大人の嘘が不思議でたまらなく
理不尽さに悶々としていました。
夜空を見つめては
『わたしはどうしてここにいるんだろう』
と考えたり
雷・稲妻にどうしようもなく惹かれたり笑
今思えば、単に哲学的思考が好きだったんだなとも思いますが
とにかく楽観的だったので
なんだかんだと好奇心に任せて
日々を楽しんでいました。
7歳
生活環境が大きく変わり
自分らしさを失っていきました。
ネガティブな言葉や出来事に
触れることがあまりに多くなり
すさまじい速さで自信を失って
人の顔色ばかりをうかがうようになりました。
『わたしの感覚は、普通ではない』
ということを
親からの言葉だけでなく、
周りと比べること
いじめに合うことで
自分自身でも理解するようになりました。
ただひたすらに孤独で
孤独でも平気なふりをしながら
『人と違う』一面を隠しつつ
適応しようとしては失敗し
少しずつ、自分がわからなくなっていきました。
自分自身を見失って、
5歳の頃の
「わたしはどうしてここ(この世界)にいるんだろう」
という違和感は
11歳の頃には
「わたしはどうして生まれてきたんだろう」
という絶望感に変わっていました。
自分の存在価値が見出せず
自分さえいなければ
誰かを傷つけたり
不愉快にさせたり怒らせたり
失望させたり
することもないだろう…
ケガばかりしてお金の迷惑をかける自分
母親にさえ『あんたは普通じゃない!』と
気味悪がられる特性
家にも学校にも居場所がないと感じ
死にたいと願うようになりました。
学校の帰り道、橋の欄干に登ったわたしを
思い止まらせたのは祖母の笑顔でした。
脳裏に浮かんだ祖母の優しい笑顔
わたしが必要以上に親に叱られないように
わたしをかばい
わたしの代わりに自分がなじられても
「よかよか」と気にもとめない
わたしのそのままを認め
励まし、見守ってくれたばあちゃん。
そんな存在があっても
消えてしまいたかった。
中学から高校にかけて
『自分』というものがグラグラと揺れていました。
わたしは、ただひたすら
自分の価値を示したくて
言われなくても家の仕事を手伝い
頑張って勉強して
親の望む高校に入り…
ただ
『ありがとう』
『頑張ったね』
の言葉が聞きたくて頑張ってみても
叶わず
将来の夢や、自分の理想、希望、興味のあること
すべて、母親の意に添わないものは
何もかも否定され続けていました。
『くだらない』
『無理だ』
『無駄だ』
『バカじゃないのか』
と。
それでも、何か譲れないものが自分の中にあって
『理不尽さ』とはよく対立していました。
親に正論で対応すると、心ない言葉や
時には暴力で返ってくるとわかっているのに
黙って従う、ということができなかった。
それは、他のことに対しても同じでした。
自分が望まないことに、
黙って従うことなどできなかった。
19歳
社会人になってさらに社会に幻滅する出来事がありました。
友達の自死と、職場からの違法行為の強制により
この頃に鬱を発症しますが
精神的に打ちのめされ続けていて
ここで糸が切れただけだと思います。
以降
恋愛依存症や
鬱の再発、自死行為を繰り返し
32歳で結婚、出産、離婚
ひとり親として肩身の狭い生き方を始めます。
(当時は強くそう感じていました)
子どものために
自分らしく生きたいと願い
さまざまな勉強を始めました。
心理学、精神医学、哲学、、からのスピリチュアルの世界
その時に初めて
「この世界で生きづらさを感じているのは自分だけじゃないんだ」
ということに気づき・・・
そこから、わたしは…
『自分探し』
という迷宮に足を踏み入れたのでした。