最悪の入院生活
ブログネタ:入院したことある?
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健康だと思っているが、入院はしたことあるよ。
初めての入院は小学校6年生。
当時、我が小学校は盲腸が大ブーム。
一人休んで二人休んで…全員揃ったかと思えば、また欠席。
呪われた6年1組
と言われたもんだ。
友達が「お腹が痛い」って事で保健室に行く事に。
当時「スイカの種を食べると盲腸になる」って都市伝説があり、それを聞くオイラ。
「ねぇねぇ、昨日の夜、スイカ食べたんじゃない?盲腸になってるんじゃない?ニヤニヤ」と。
「う~ん。食べたよ」なんて会話をしながらチャイムが鳴りオイラは教室へ。
結局、彼女は帰ったのか授業に戻ってきたかは覚えてないけど。
翌日、運動会の練習だか、スポーツテストがあり体操服に着替え、運動場を駆け巡るオイラ。
給食の前の時間だったと思う。
突然、お腹が痛くなり始めた。
保健室に駆け込みベッドに寝かせてもらう。
「海老みたいに丸くなって寝なさい」そんな事を言われたと思う。
オカンを呼んでもらい早退し、近くの内科で腹を押さえられ、「急いで行ってね」と野戦病院みたいな総合病院へ。
車いすに乗せられ、アッチコッチ。
点滴もされるが、当時から血管が細かったので、腕に針を刺しグリグリと血管を探す。
何?この拷問…
そこで、先生登場。
高橋名人の様な小太りの若い人が「手の甲から点滴しよう」って屈んだらズボンがビリッ
下半身麻酔で足の感覚を無くしてから手術開始。
ベッドカバーはナイロンのような物。
まな板の鯉状態で汗でベッドカバーが背中にはりつき痒い。
「あー。背中かいー」と言いながら背中をかいてもらい、他愛もない話をしながら手術をする医師2名。
時間は、どれぐらいかかったのか覚えてないが、5分ジッとしていられない子供のオイラ。
「早くー。まだー?早く終わらしてよ。まだー?」
その言葉にイラッときた先生。
「ビキニ着れない様に手術の後を残してやろうか」って事で見事な傷が残りましたよ。
安心しろ、一生ビキニなんて着ないから。
痩せても消えなかったって事は、ワザとなのか、当時から太っていたからなのか…。
てか、小学生相手に何マジ切れしっちゃってんの?┐(´д`)┌
手術の後の食事は、点滴→糊みたいなお粥…と少しずつマシになっていったが、朝食は「パンじゃないと嫌だ」って子供だったので、オカンや今は亡きバーチャンに持って来てもらい食う。
学校の先生もお見舞いに来てくれた。
後日、友達から聞いた話だと「ヒロミさんは、元気にベッドの上で飛び跳ねてた」と言っていたらしい。
友達のお見舞いはナッシング。
学校から遠かったからね。未知の領域だったんでしょう。オイラも未知の領域でした。
病院の中をウロウロ探検し、考え事しながらエレベーターを降りたら婦人科病棟で迷子になりそうだったのは内緒でwww
それぐらい元気なオイラ。
後は帰りたくてしょうがない。
TV観れないし…
オカンとバーチャン直談判。
8日入院の所を7日にしてもらい、すぐ退院の準備をして帰って来たw
これが1回目
2回目は、今年の3月。
扁桃腺と胃腸炎と言う診断でで2週間~1ヶ月の入院を要する。なんて言われ、採血されインフルエンザの検査をしエコーを撮りレントゲンを撮って、何故か婦人科にも行く。
たぶん、この時から甲状腺が悪さをしていたのだと思う。
点滴打たれた腕はパンパンに腫れ、反対の腕にしてもらうのだが、そこも腫れ、じゃあ手の甲だって事で刺すが入らない。
「下手くそ、もっと上手いヤツ連れて来い」
40℃の熱が出ててもキレる時にはキレるんだな。
そりゃもう、模範的なダメ患者。
「こんなところに居たら殺される、帰らせろ」って事で2泊3日の入院生活をしてきましたw
熱は少し下がったけど、まだ38℃ぐらいの熱は出ていたので、いきつけの内科に行き薬をもらったら、あっという間に治る不思議。
点滴の方が直接だから治りが早いって聞いたけど、違う場合もあるんだね。
しかし…
よく考えるとキレやすいタイプだね。
気が短い方だと思っていたけど、まさか大人になってまでキレるとは…
やだやだ、バセドウ病。
って事で、なんでもバセドウのせいにしてやろうと目論むオイラ。
同じ病気の人には申し訳ない(*_ _)人ゴメンナサイ
今までの結果
入院するとロクな目に遭わないって事だな。
健康第一!
て、オイラが言っても意味がない気もするが…。
とりあえず、オイラが今する事は風邪をひかない様にすること。かな・・・?
たいがい、大丈夫だわ。
丈夫だもん。