〝現代社会は、悲観主義やシニシズム(冷笑主義)に覆われている〟と、よく指摘される。明るく前向きに生きる姿勢が大切であることを分かりつつ、それがなかなかできない。中には、楽観的であることを蔑視(べっし)する人も。なぜ、そうした風潮が広まったのか。楽観的に生きるとは、実際、どのような意味なのか――精神科医の遠藤幸彦氏に語ってもらった。
人間関係を育む中で 自分自身への理解は深まる
 ――現代人はなぜ、物事を悲観的に、シニカルにとらえがちなのでしょうか。
 その要因の一つとして、自分に自信を持てないことが大きいと考えられます。家族や友人に支えられているという基本的な信頼感がないのです。そこから、不安や不信の中に沈み込んでいく。
 人間関係の希薄化も大きな要因でしょうね。10年ほど前から、ひきこもりの方たちの診察をするとこが増え始めました。その方たちの中には、バーチャル(仮想的)な世界にハマるとこで、対人関係の中で癒されたり、傷ついたりしながら成長していく、という機会が減っている人もいます。結果として、物事を否定的にとらえたり、社会や周囲への批判・文句が鬱積(うつせき)しかねません。
 ――悲観的なとらえ方は、突然、うつになったり、キレたりすることに関係しているのでしょうか。
抑うつ的になる原因はさまざまです。例えば、うつ病によるもの、過去に対する後悔の念から抑うつ的になるなど・・・。いずれにしても、抑うつ的であれば、悲観的な思考になりがちで、自らの経験や体験を否定的にとらえるようになります。そうした時には、いい思い出など、まるでなかったかのように思い浮かばなくなる。
 キレる要因も一概に言えませんが、例えば電車の中で些細なことから怒鳴り合いが始まるような場合、基本的な信頼感の欠如を感じます。自分は世の中に受け入れられていないと感じ、周囲の人たちから攻撃されていると感じやすくなる。そこで〝やられる前にやってしまおう〟と自己防衛のためにキレるのです。
 ――どんな対応策が考えられるのでしょうか。
 当たり前のことに思われるでしょうが、やはり人間関係を育むことです。実際、ひきこもり、摂食障害などは、同世代の仲間とのやりとりが「歯止め」となる場合も少なくありません。多くの人は、親を理想とする子ども時代を経て、やがて関心の対象を社会へ向け、そこで新たな自分の理想像を描くようになります。けれど、理想の自分にすんなり到達できず、落ち込むことがあります。
 こんな時、同年代の友だちと語り合いながら、安心したり、再び落胆したり・・・それを繰り返す中で、自分自身をつくりあげていきます。周囲に振り回されない自分らしさや、理想の実現へ向けて困難に取り組む心も育まれる。社会に出て行く準備をするわけです。
 バーチャルな世界ではなく生身の関係の中でこそ、頭で考えることと、気持ちの面での調和が図られ、自分らしい理想や目標、さらには自らの資質を理解することができ、周囲の環境に無用に振り回される心配はなくなります。そして、社会や他者との中で、自分を位置づけることができる。
 こうして悲観に陥ることなく着実に前に進むことが楽観的な生き方なのです。〝何とかなるから楽していこう〟なんて、時に誤解されますが・・・(笑い)

つづく・・・