「好き」「やりたい」で選べば、後悔しかねず
金は天下の回りものという言い方がありますが、何かに役立つことをせずに、金が回ってくるはずはありません。収入とは、あくまでも対価です。職業活動が得られる金銭も、成果をあげたことへの報酬として給付されるのです。成果をあげる、あるいは役立つということは、当人にそれだけの能力があったということ。つまり職業は、社会の必要と、自分の〝持ち物〟とが合致してはじめて存続するのです。
それに、職業にも〝人を選ぶ権利〟があるはずです。だれでもいいというわけではありません。就業者に対し、相応の職業能力を求めます。その職業に相応しい知識、技術とセンスを身につけていることを当事者に要請するのです。
ところが若者世代は、こうした職業の社会性をどこかに追いやって、「好きなこと」「やりたいこと」から職業を選ぼうとしがちです。これは問題でしょう。いまだ知識も経験も十分ではないとすれば、好きなことにしろ、やりたいことにしろ、狭い範囲から選ぶことになる。たとえば、毎日見ているテレビ番組や、学校の中での見聞、通学途上で遭遇した出来事などに左右されるのです。
結果として、ありきたりだったり、偏っていたりと、いずれにしても、熟慮の末に選んだふうには見えません。自分の欲求から探すとなると、社会的要請に応えるといった視点は、どうしても背後におしやられ、自分本位になります。それに、いまの好みから発していることなので、長い人生を見通した上での職業選択とはなりにくい。
なぜやりたいのか、好きなのかが説明できるならまだしも、根拠、狙い、理由、背景などをはっきりさせないまま、「好きだから」「やりたいから」という理由で就職するとなると、どこかで壁にぶつかり、後悔することにもなりかねません。
「好き」「やりたい」は、自分の内から発する、生きる上でのエネルギーです。当然、大事にされなければなりません。わたしが願ってやまないのは、この〝持ち物〟が世界や未来を見つめ、社会と対話する中から産み落とされたものであれば素晴らしい、ということです。
(日本教育大学院大学客員教授、NPO法人キャリア文化研究所理事長)
うめざわ・ただし 1935年、埼玉県生まれ。新潟大学、東京経済大学等の教授を歴任。専攻は産業社会学(職業社会学、企業文化論、企業社会関係論)。著書に『職業とキャリア』『企業と社会』『経営文化・組織文化・企業文化』『大学におけるキャリア教育のこれから』など。
おわり