桜梅桃李(おうばいとうり)

どんな人にも使命がある 皆が、かげがえのない存在

登場人物

優子さん 最近、学会の会合に参加するようになった女子部員。会社員。自身の宿命転換を真剣に願っている。

和代さん 優子さんの所属する本部で女子部本部長を務める。会社員。友と一緒に成長していくことを心掛けている。

優子さん 先日、友人と話をする機会がありました。

 その友人が、こう語るんです。学会の人は同じ信仰を持っているのだから、皆が同じような人になるのではと思っていた、というんですよ。

 一人一人の違いが大切にされず、個性の豊かさが消えていってしまうのではと思っているようでした。これは、やっぱり偏見だと思ったのですが・・・。

和代さん 学会の会合に出てみて、一人一人を見れば一目瞭然ではないかしら。

 一人一人が姿、形、顔の違うように、それぞれの境遇のなかで、その人らしく頑張っていることが、はっきりわかると思うわ。

優子さん でも、あらためて考えると、人が、その人らしく輝いていくというのは、どういうことなんでしょう。

和代さん ほんと、それは難問ね。一緒に考えてみましょう。

 まず、仏法は、人の個性について、どのように教えているのか。

 自分のこれまでの来(こ)し方を振り返れば、思い当たるかも知れないけど、みんな自分の性格のことでは悩んでいるわよね。

優子さん そうなんです。でも簡単に変わるものではない、ということが最近よくわかってきました・・・。

和代さん そうなのよ。反対に、性格がコロコロ変わるのも問題ではないかしら(笑い)。具体例を通して考えてみましょう。

 例えば、怒りっぽい性格の人がいるとする。いつも腹を立てていて、何かにあたっている。そして、周囲とも、すぐに衝突してしまう。そうなると、結局、その人は、周囲から理解してもらうことができずに、さびしい人生を送らなければならなくなるかもしれないわね。

優子さん でも、その性格が生かされることはないのでしょうか。

和代さん そう、まさに、その点ね。

 この怒りが悪に向けられれば、この怒りは善の働きを持つことになるわね。

 悪への怒りの声があがって、そして、民衆を虐(しいた)げ、抑圧する権力者の悪が克服されていった歴史の事例は、数多くあるわ。

 結局、性格というのは、一概に、いい、悪いと決められるものではないのよ。

 要は、性格を、より良く働かせていくことで、自身のためにも、そして人々のためにも役立っていくことができるのよ。

つづく・・・。