調和を重視しつつ、付和雷同しない
 ――家庭教育では、具体的に何を心がけるべきでしょうか。
 基本的に何もしないことです(笑い)。つまり、何かしようと特段、構える必要はないということです。
 家庭全員でおしゃべりをしたり、食事のマナーを教えてあげたりと、温かいコミュニケーションをとることで十分でしょう。夫婦共働きが増えた時代にあっては、家族がそうした時間を取れるよう、企業はもとより社会全体で支援することが必要です。
 親が手助けしなければならない時だけ、手を差し延べる。過度にベタベタせず、それでいて他者を思うことを忘れない――〝家族の復元〟によって、そんな個人主義を、子どもも自然と学ぶことができるはずです。
 ――ご自身のイギリス滞在経験を踏まえ、本書では「イギリスは、世界のなかでも傑出した個人主義の国」と述べられています。
 イギリス人は責任を重んじます。自分のことはすべて自分で責任をとるという、いわば、自己責任の根ざした国と言えます。教育に関しても、子どもは家族で育てるものだという意識が強い。
 「親が必ず学校に送り迎えをする」「12歳以上の子どもは、家で一人にしてはいけない」など、法的に義務付けられており、この点では自由を制限しているほどです。法によらずとも、自己抑制・自己規律を前提にした上で、互いを助け合う「ソサエティー(社会)」は成り立っているのです。
 昨今、日本でも事故責任がよく問われますが、だれかに落ち度があった場合、ほかの人が補助すべきなのに、冷淡にその人に責任を問うのは自己責任とは言えません。それは「村八分式」のやり方です。
 ――日本では、個人主義はなじみにくいのでは?
 「出る杭は打たれる」というふうな、昔からの村落共同体の意識は依然、強いでしょう。ただ、それを全否定する必要はないと思います。ある意味、それは、それでいい。「オレが、オレが・・・」と単に突出した個人になることが、個人主義の眼目ではありませんから。調和をとる社会システムはむしろ、日本のよさとして残すべきです。
 自己意識の強い人たちが調和をとる欧米社会。それに対し、日本特有の調和社会に軸足を置きつつ、その中で付和雷同しない「自己」を作りあげることが、日本人らしい個人主義ではないか、と思います。だからこそ、ぼくは「新個人主義のすすめ」と謳ったのです。
 能力重視の仕事社会にあっても、たとえば「感じがいい」というような、組織の人間関係を円滑にする力も認められるべきではないか。計量化することのできない、そうしたヒューマニティー(人間性)こそ、じつは社会を動かす力である、とぼくは信じています。
はやし・のぞむ 1949年、東京生まれ。ケンブリッジ大学客員教授。東京芸大助教授を経て、作家活動に専念。専門は、日本書誌学・国文学。『イギリスはおいしい』で日本エッセイスト・クラブ賞、『ケンブリッジ大学所蔵和漢古書総合目録』で国際交流奨励賞に輝く。著書に『新個人主義のすすめ』『東京坊ちゃん』など多数。

おわり