「梅干」を思い出してごらん

 三浦さんの言葉を優しい眼差(まなざ)しで見つめるのが、三浦さんを入会に導き、看護師としても先輩にあたる山本貴子さん=白樺会=である。

 「なぜ、心が大切か。心には、私たちの想像を超えた力があるからです」。そう語る山本さんには、40歳代の壮年Aさんとの忘れられない出会いがある。

 Aさんは田舎から東京に出てきて、バリバリ働いている最中、骨髄性の白血病に襲われた。

 Aさんにとって、唯一の治療法は骨髄移植。しかし、Aさんの型に合うドラーは見つからず、Aさんの落胆ぶりはひどいものだった。

 病室には、まるでAさんの心を映し出しているかのように、張りつめた緊張感と暗さが漂っていた。Aさんの妻でさえ、病室に入る前、一度、大きく息を吸い、意を決してからドアを開けるという状況だった。

 そんなAさんの担当となった山本さん。日々、献身的に看護に努めていった。そうした山本さんの姿をずっと黙って見続けてきたAさんは、山本さんに対して心を許し、押し止めていた感情を、少しずつ言葉に出すようになっていった。

 ある日このと。Aさんが遠くを見つめるように語った。「僕は今まで何も悪いことなんかしていないのに・・・。運が悪いよなあ。この部屋から一歩も出られないまま終わるのか。もう一度、行きたかったなあ、ふるさとに」

 「行きましょうよ。行くって決めれば、必ず行けますよ」と山本さんは強く言い切った。

 予想もしなかったその言葉にAさんは驚いた。「そんな無理だよ」と言下に否定したが、山本さんは更にこう語った。

 「Aさん、梅干しを思い出してみてください。ほら、梅干しって聞いただけで、唾液が出てきたでしょ。Aさん、私たちの心や体ってすごいんですよ。心に思っただけで、体に変化が現れるんです。心と体は一体なんです。心から〝よーし、行くぞ〟って強く強く決めたら、体もそういうふうに変わっていくんです」と。

 「梅干し」の譬えを日蓮大聖人も仰せである。「梅子のす(酢)き声をきけば口につ(唾)たまりうるをう世間の不思議すら是(か)くの如(ごと)し況(いわん)や法華経の不思議をや」山本さんの好きな一節だそうだ。

 山本さんの励ましに、Aさんは顔をあげ、「わかった、挑戦しよう。自分の人生だもんね」と決意した。「あきらめ」が「希望」に変わった瞬間だった。

 その後、Aさんの心が変化したのと比例するかのように、病状は劇的に改善していった。最初の勝利は、面会謝絶の隔離病室から出られるようになったこと。その後、外出も許可され、更には外泊許可まで出された。そしてついに、生きて帰ることはないとあきらめていた故郷に、1週間もの里帰りができたのである。

 その事実に、「えっ?あのAさんが!」とだれもが驚いた。

 帰省が決まった時、Aさんは、喜びいっぱいに山本さんに報告した。「山本さんの言った通りになったよ。本当にそうなった。うれしい」。その目にはうっすら涙が浮かんでいた。

 「『自分』の中にある宝に気づいた時、前に進もうとする力に変わります。故に『心』が大切!それを引き出すのが白樺会の使命だと思っています!」――山本さんの言葉に、人間の計り知れない可能性を見た。

 では、患者さんの心の中から「戦おうとする心」を引き出すには、何が大切なのか。東京・東村山市の病院に勤務する古田伊智子さん=白樺会=に会った。

 彼女は、平成17年11月、現在勤務する病院から「ホスピタル・マインド賞」を贈られた優秀な看護師である。同賞は、看護に対する姿勢や対応が極めて素晴らしいとの声が、患者並びにその家族から寄せられたことに対するもので、同病院として、記念すべき第1号の賞である。

 古田さんは言う。「『心』を引き出すには、同苦することです」と。

 幼いころからずっと皮膚炎で悩み続けていた27歳の主婦Bさんがいた。重症だった。顔を除き、体の至る所に、かきむしった傷口から血がにじみ、黒くただれ、直視できないほど痛々しかった。

 古田さんとBさんのかかわりが始まった。医学的に見て、回復は極めて困難であった。古田さんは真心を込めて相対した。しかし、一向に回復の兆しは見えなかった。古田さんは御本尊に〝Bさんの皮膚が治るように〟と祈った。

 そんなある日のこと、しんしんと唱題に励むなか、古田さんの心に変化が生まれた。それまでは〝Bさんの皮膚を治したい〟とばかり祈っていたのだが、その時、初めて、Bさんの来し方に思いを馳せたのだ。

 〝女性として生まれ、多感な思春期もあつたろう。その間、一体、どれほどつらい思いをしてきたのだろう。どれほど傷ついたのだろう。もしこれが自分なら、果たして耐えられただろうか?〟。そう思うとあとからあとから涙が溢れ、止まらなくなった。

つづく・・・