今回もリクエスト企画ですニコニコ

「つま恋」

プロパンガス爆発事故

1983年

朝日新聞「号外」(1983年11月22日)
 
読売新聞(1983年11月23日)
 

今からちょうど40年前の1983(昭和58)年11月22日、静岡県掛川市満水(たまり)にあった総合リゾート施設「ヤマハレクリエーションつま恋(つまごい)」(現在の「つま恋リゾート彩の郷)で、従業員や客ら14人が亡くなり28人が負傷する(うち重症9人)という、プロパンガスの爆発事故では最大の人的被害を出した大惨事が起きました。

 

毎日新聞(1983年11月23日)

 

「ヤマハレクリエーションつま恋」は、日本楽器製造の子会社・中日本観光が1974(昭和49)年5月1日に開業し、(株)ヤマハレクリエーションが運営していました。

 

オープンに向けた新聞広告

朝日新聞(1974年1月31日夕刊)

 

そこには自然の景観を生かした広大な敷地に、スポーツマンズクラブ(SMC)を中心にしてテニス、野球、サッカー、アーチェリー、乗馬、水泳など各種スポーツ施設のほか、ホテルやエキジビションホールが備えられていました。

 

「つま恋」の全景

中心となるSMCに併設して

事故が起きた「満水亭」があった

 

このエキジビションホールは、1974年5月5日(第7回)から1983年10月2日(第26回)まで、新人歌手の登竜門と言われたヤマハのポピュラーソングコンテスト(略称「ポプコン」)の本選会が開かれたことで、全国のポップスファンにその名が知られていました。

 

ちなみに、第10回(1975)のポプコンでは、小川の大好きな中島みゆきさん(当時23歳)が「時代」を歌ってグランプリを獲得しています。

 
 
 
話を事故に戻します。
 

事故が起きた「満水亭(たまりてい)」はスポーツマンズクラブ(SMC)に併設された鉄骨平屋建(993.7㎡)の飲食施設で、夏期はバーベキューガーデン、冬期は部屋を畳敷きに模様替えし和風レストラン「満水亭」として鍋料理を提供していました。

 

 
下の図は、バーベキューガーデンの時のガス管の配置図です。
 
 
ガスは、500kgのプロパンガスボンベ4本を備えた「ガスプラント」からSMCとバーベキューガーデン(満水亭)の2系統に分かれて供給され、バーベキューガーデン(満水亭)へは元栓(中間バルブ)を経て地下のガス管で建物の床下に送られ、末端のガス栓からゴム管で床上のテーブルへとガスが流れる構造でした。
 
ガスプラント
 
そして、冬期仕様への模様替えは、床にビールケースを並べ、その上に畳を敷き、座卓のテーブルを置いて和風の部屋にするものでした。
 
並べたビールケースの上に角材で
形枠を作り、畳を敷き詰めて↓
 
和風に模様替えされた「満水亭」
 
冬期仕様(満水亭)では、厨房のガス給湯器以外にはバーベキューガーデンの時に使っていたガス配管は使用せず、各テーブル(座卓)の下に2kgの小さなガスボンベを置いてそこからコンロにガスを供給するようになっていました。
 
2kgのガスボンベとコンロ(例)
 
バーベキューガーデンは、11月13日から18日にかけて満水亭へと模様替えを行ったのですが、ここでの作業ミスが事故の原因となりました。
 
夏期の営業が終了した時点でガスの元栓(中間バルブ)が閉じられ、部屋へはガスが供給されない状態になっていました。
 
その状態でバーベキューテーブルにつながったガス管を外す時に、床下の末端ガス栓を閉めなければならなかったのに、掛川市消防本部の概要報告では「屋内部分の69個のうち29個」(ウィキペディアでは「31箇所」とありますが、うち2箇所は詰まっていてガスが出ない状態だったので、事故でガスが出たのは「29箇所」)でガス栓が開いたまま作業を終えてしまったのです。
 
つまり、元栓が閉められてガスが出ない状態だったことから、作業員は閉める手順を守らなくてもミスに気づかなかったわけです。
 
こうして模様替えを終え、11月22日に「満水亭」は冬期の営業を開始しました。
爆発事故に至る経過は、次の表を参照ください。
 
福地知行氏作成の表を
小川が誤記訂正し簡略化
 
厨房の湯沸器を使うために元栓が開かれると、栓を閉め忘れた床下のガス管からプロパンガスが漏出しました。
 
一般家庭で使われるプロパンガスは、プロパン(95%以上)とブタン(5%以下)の混合ガスです。
そして、プロパンのガス比重(空気に対する1㎥当たりの質量比、分かりやすく言えば空気を1とした時のガスの重さ)は1.56で、ブタンのそれは2.09ですから、プロパンガスは空気より重いので、満水亭で漏出したガスは敷かれた畳の下の空間にどんどん溜まっていきました。
 
都市ガスは、ガス比重が0.56と空気より軽いため、ガスが漏れると上に昇るためにガス臭(ガス自体は無臭ですが人工的に匂いをつけてある)を比較的早く感じられるのですが、下に溜まるプロパンガスにはなかなか気づくことができません。
 
それでも、さすがに1日の平均使用量の約2倍ものガスが漏れると、床下からあふれたガスの匂いを従業員や席に座っていた客も感じるまでになっていきました。
 
しかし、まさかそんなことになっているとは思いもしない従業員の対応は遅れます。
 
従業員はまず、湯沸器が作動しなかったために、元栓を開けたままその対応をしました。
そのうちに、施設課の集中管理のガス漏れ警報器が作動したのですが、課員はよくある誤作動だと速断し、現場で湯沸器の点検だけをして作動を確認し帰りました。
 
毎日新聞(1984年6月29日)
 
そのうち、客の東洋工業社員からもガス臭がするとの指摘を受けた従業員は、事務所に連絡して食堂課リーダーの指示を仰ぎます。
リーダーは、元栓の閉止や客の避難誘導は指示せず、厨房の火を消し窓を開放するようにとだけ伝えて現場に行きます。
そしてリーダーが座卓下の2kgのボンベからのガス漏れをチェックしていたところ、満水亭内のガス漏れ警報器が再び作動したため、施設課員が満水亭に出向き点検を始めようとした直後の午後12時48分、厨房の製氷器のリレー(電気回路のオン/オフを切り替えるための部品)から出た火花がガスに引火して大爆発が起きたのです。
 
業務用製氷器(例)
 
爆発は、まず溜まっていたガスの爆発が起き、それによって壊れた室内の2kgのガスボンベ(70本余りあった)から漏れたガスが爆発しましたが、2回の爆発はほとんど間をおかずに連続して起きました。
 
現場から約5km離れた掛川市役所
から撮影された「つま恋」の煙
 
そして、爆風の衝撃と爆発で生じた火炎・熱風によって被害者はケガと火傷(熱風を吸い込んだことによる気道熱傷を含む)を負い、14人が亡くなったのです。
 
掛川市消防本部がまとめた人的被害の状況は次のとおりです。
 
 
爆発に巻き込まれて亡くなった14人のうち、満水亭の女性従業員2人(清水ひとみさんと藤森ゆみ子さん)以外の12人は客で、翌日から2泊3日で予定されていた就職内定者研修の準備で来ていた自動車メーカーの東洋工業(現在のマツダ)社員のほか、アルバイトで研修アシスタントをする立教大学の女子学生5人が含まれていました。

立教大生は12人の女性グループで、亡くなった5人はいずれも4年生、すでに卒業後の就職先も決まっていたそうです。ほかの学生7人も重軽傷を負いました。

 

犠牲になった14人の方々

毎日新聞(1983年11月23日)

 
爆発事故で全壊した満水亭
(静岡新聞 1983年11月23日)
 
読売新聞(1983年11月23日)
 
 


東洋工業の社員(当時)でこの事故で負傷した関根則男さんは、自身のブログ(lax3140のblog)に、「40年前に遭遇した事故……つま恋ガス爆発事故」と題して次のように書いておられます。
 
    

今から40年前の、1983年11月22日に静岡県の掛川市のレクリエーション施設で写真〔新聞紙面〕のようなガス爆発事故がありました。現場の建物の中には21人ほどいたと思いますが、そのうち約7割の14名の方が犠牲になるという痛ましい事故で、日本のガス爆発史上最大の犠牲者を出した事故でした。

 

私は爆発の際窓際に座っていて爆風で屋外に7mほど飛ばされました。痛い思いはしましたがその爆風で飛ばされたことにより、建物の中で炎につかまらずに生存することが出来たのです。

 

一方で犠牲になられた人々の中には、一緒に東京駅から現場まで車で一緒に行ったT部長がいましたし、事故の前日まで会社で一緒に仕事をしていた同僚の女性社員もいました。また、空の仕事は危ないと親に言われて航空会社のCAから転職した女子社員もいました。入院していたため犠牲になられた同僚の葬儀には出ることが出来ませんでした。そうしたけじめの場も与えられなかったため、今でも彼らや彼女らが亡くなられたという実感はありません。

(2023年11月23日)

 


写真週刊誌に載った被災者の写真
中央手前が関根則男さん
(関根さんのブログより)
 
また、著名なサッカー選手・監督で、当時東洋工業東京支社リクルート部主管だった松本育夫さんも、この事故で瀕死の重傷を負っています。
 
毎日新聞(1983年11月30日)

 

サムネイル
 

小川里菜の目

 

この事故の直接の原因は、先に見たように、夏期から冬期への模様替え時の作業員のミスですが、経費削減のために作業を外注せず従業員だけでおこなっていました。

 

そのため、冬期仕様のための資材搬入など慌ただしい状況で撤去作業の人手が足らず、急きょ作業に駆り出された従業員に対して作業の方法や手順の指示が十分なされないまま突貫工事で作業が進められ、その結果、床下ガス栓閉止のチェックもされないままだったようですから、営利優先の経営姿勢や防災意識の低さがもたらした人災だったことは否めないでしょう。

 

そのことは、この事故の原因となったわけではないにせよ、満水亭へのガス管を増設した時にLPガス法で義務づけられている県知事への届出を怠り、その後も同様に小規模な増設を繰り返していたこと、またガス納入業者が事故の9ヶ月前の2月に、ガス管の検査をしようとしたにもかかわらず店側の協力が得られなかったため、不十分な検査しかできなかったことなどからもうかがえます。

 

毎日新聞(1984年4月17日)

 

この事故では、副支配人と食堂長(通称・料理長)、食堂課長、食堂課レストラン係リーダー、施設課長、施設課設備係班長、満水亭担当チーフの7人が業務上過失致死傷の疑いで逮捕され、そのうち副支配人と満水亭担当チーフを除く5人が起訴されました。

 

朝日新聞(1984年6月28日夕刊)

 

上の朝日新聞の記事では、「同施設を経営するヤマハレクリエーション(川上源一社長)のずさんな安全管理体制が生んだ事故だったが、7ヶ月に及ぶ捜査は現場の管理責任のみ問う形で大詰めとなった」と書かれています。

このように施設の最高幹部たちは、書類送検だけで終わった福島正義支配人に加え、さらに逮捕された後藤満副支配人まで起訴されることなく終わったのです。

 

静岡地裁浜松支部(裁判長・人見泰硯裁判官)は起訴された5人を有罪とし、執行猶予のついた禁固刑(2年6ヶ月と2年)を言い渡しました。

 

朝日新聞(1985年11月29日夕刊)

 

判決文で裁判長は、「各被告人それぞれの過失は、いずれも厳しい非難に値するものではあるが、本件事故は、つま恋に勤務する多数の関係者の行為が幾重にも関係して発生したことも明らかであつて、その結果をすべて被告人五名の責に帰すべきものと断定することは相当でなく」と述べています。

 

そうだとすれば、直接の現場責任者や作業担当者という末端だけが罪に問われ、作業の日程や経費削減を指揮命令した責任者である副支配人の罪が不問に付されたのには、釈然としない思いが残りますショボーン

 

毎日新聞(1984年6月29日夕刊)

 

以前にこのブログで取り上げた1973(昭和48)年11月29日の熊本市の大洋デパート火災から今年で50年になります。

 

この火災でも、経営者の営利第一・安全軽視の姿勢が大惨事を招いたとの強い批判がなされました。

 

つま恋ガス爆発事故への反省から、ゴム管が外れたり器具が接続されないまま元栓が開けられた場合、自動的にガス栓が閉じるヒューズコック(安全構造型ガス栓)が導入されるなど、安全対策を強化する措置が取られるようになりました。

 

しかしいくら設備を整えても、満水亭に設置されていたガス漏れ警報器の端末(感知器)4つのうち2つが故障したまま放置されていたように、人命の安全を第一に考える経営者・管理者のモラルと行動がそれに伴わなければ、また不幸な事故が繰り返されるのではないかとの懸念が払拭されません。

 

最後に、プロパンガスについて簡単に説明しておきますニコニコ

都市部でしか生活したことのない小川自身、プロパンガスについてよく知らなかったからです。

 

プロパンガスとはプロパンとブタンを主成分としたガスのことで、正式にはLPガス(液化石油ガス:Liquefied Petroleum Gas)と言われます。

 

都市ガスとの違いは次の表のとおりです。

 

利用者にとっての最も大きな違いは、都市ガスが地下に埋設されたガス導管を通して各戸に供給されるのに対し、プロパンガスは配送されたガスボンベを各戸に設置・交換する形をとる点でしょう。

 

 

都市部で生活していると、プロパンガスは昔のものというイメージを持ちがちですが、今日でもエネルギー源としては需要家の4割近くをプロパンガス(LPガス)が占めています。

 

 

それでは、プロパンガスの事故はどのくらい起きているのでしょう。

 

平成30年版 消防白書

 

2017(平成29)年の場合ですが、このように事故の総数としては都市ガスとプロパンガスとでは利用者数にほぼ等しい割合で事故が起きています。
 
ただ、内訳を見ると、都市ガスでは事故の90%が「漏えい」であるのに対して、プロパンガスでは事故の53%が「爆発・火災」というところに大きな違いがあります。
このことから、プロパンガスは怖い・危険というイメージが持たれるのかもしれません。
 
そこで両者の事故の発生場所を見ると、都市ガスではガス会社が管理する導管での事故が過半数なのに対して、プロパンガスでは一般家庭や飲食店など消費先での事故が圧倒的に多いのです。
 
 
ガスそのものの危険性に特に大きな違いはありませんので、プロパンガスで爆発・火災事故が比較的多い背景には、つま恋の事故で述べたようにプロパンガスの重さから漏えいに気づきにくい可能性のほか、プロパンガス利用者の多い地方の寒冷地など自然条件が厳しいところでは機器が腐食・損傷しやすかったり、過疎でメンテナンスが不十分になったり、あるいは利用者の高齢化による使用上の不注意といった要素が影響しているのかもしれません。
 
詳しい理由については調べ切れませんでしたが、こういうところにも都市化による地方の過疎化・高齢化といった現代社会の問題が影を落としているのかもしれないと思った小川です。
 
参照資料
・新聞の関連記事
・掛川市消防本部「「つま恋」ガス爆発火災の概要」(1984年12月)
・福地知行「「つま恋」のLPガス爆発」(『安全工学』Vol.26, No.6, 1987)
・山川雅美「ヤマハレクリエーション(株)「つま恋」内レストランでガス爆発事故発生等→料理飲食店等に対する末端閉止弁等に対する保安規制の強化等」(『高圧ガス』Vol.55, No.4, 2018)
・静岡地裁浜松支部判決文