愛人バンク「夕ぐれ族」

筒見待子

1982-83(昭和57-58)年

 

愛人バンク「夕ぐれ族」

オーナーの筒見待子

(『FOCUS』1983年9月16日号)

 

昭和の事件を雑誌などで調べていると、「愛人バンク」「夕ぐれ族」「筒見待子」という記事をよく目にしました。


小川が生まれるずっと前のことでなんだろうと興味をひかれ、「夕ぐれ族」について調べてみましたウインク

 

【愛人バンク「夕ぐれ族」の始まり】

愛人バンク「夕ぐれ族」とは、中年男性と若い女性の「愛人」関係を仲介するとうたい、1982(昭和57)年1月に設立された組織です。



「バンク」と聞いて小川は「bank:銀行」かと思ったのですが、そうではなく「宴会」を意味する「banquet:バンケット」で、当初は「愛人バンケット機関」と言っていたそうですニコニコ

 

風俗ライターの伊藤裕作が、1982年末に「夕ぐれ族」オーナーの筒見待子を取材した時に、それでは「語呂が悪く、ダサい」と「愛人バンク」という呼称を提案したと言っています(『週刊朝日』2016年4月8日号)。

 

伊藤裕作『愛人バンクとその時代』

(人間社文庫、2015)

 

「夕ぐれ族」という名前は、作家の吉行淳之介が短編小説「夕暮まで」(1965年からの短編を集めた『夕暮まで』新潮社、1978に所収)で、杉子という22歳の女性と主人公の中年男性との奇妙な性関係を描いたのが話題になり、中年男性と若い女性の愛人カップルが「夕暮れ族」と呼ばれるようになっていたのを借用したものです。

 

 

この愛人バンク「夕ぐれ族」は、創業オーナーが「筒見待子」という二十歳そこそこ(自称1961年生まれ)のまだあどけなさの残る童顔の女性であり、しかも彼女の父親は一部上場企業の役員、彼女自身も小学校からずっとお嬢さま女子校の卒業というふれ込みで、それまでの「風俗」業とは真逆のイメージだったことから、「夕ぐれ族」はたちまち大きな話題を呼びましたニコニコ

 

筒見待子が1983年7月に

徳間書店から出した本

 

決して売買春のあっせんではなく、今で言うマッチングアプリのように男女の出会いを仲介するだけの合法的な組織だと称していたこともあり、1982年の秋ごろからマスコミは「夕ぐれ族」を盛んに取り上げ、筒見待子も「タモリ倶楽部」や「11PM」「トゥナイト」などテレビ番組にもたびたび出演して人気タレントのような扱いをされるようになりました📺

当時人気絶頂だった松田聖子にちなんで、「風俗界の聖子ちゃん」とも呼ばれていたそうです。

 

「夕ぐれ族」は、銀座のビルの一室にオフィスを構え、男性からは20万円、女性からは0〜10万円の入会金を取り、気に入った人が見つかるまで3ヶ月間は何度でも相手を紹介するシステムでした。

 

そうして気に入った相手が見つかれば、あとは当人たちで男性から女性に支払う月単位の「手当」を決め、自由な交際として「愛人」関係を楽しむという仕組みになっていました。

そのような建前で運営されていたため、売春あっせんを疑った警察も証拠がつかめず、マークするにとどまっていました。

 

会員数は最盛期で約5千人と書かれているものが多いですが、のちに摘発された時点の登録会員は女性1402人、男性1006人だったとするものもあり、5千人は入会者の延べ人数なのかもしれません。

それと先にあげた入会金をかけて計算すれば、入会金だけで6億4千万円もの売り上げがあったとする話とだいたい符合します。

 

「夕ぐれ族」の創業者でオーナーは、すでに述べたように「筒見待子」ということになっています。

しかし、後で見る事件をきっかけに警察によって組織が摘発され内情が明らかにされたところでは、実質的な経営者は詐欺まがいのビジネス世界で名の知れた窪田という中年男性で、「筒見待子」という女性が語っていた名前や年齢、家族や履歴などほとんどすべては虚偽でした。

 

人の命を奪った凶悪犯罪ではなく、法の裁きを受けて服役を終えているため、ここではネットで散見する彼女の本名や家族、学歴や職歴について書くことは控えますが、1983年当時の年齢は自称より3歳上の25歳で、53歳だった窪田と愛人関係にもあったと言われますから、もしそうであればまさに彼ら二人こそが「夕暮れ族」だったわけです。

 

そして筒見は、窪田から月30万円の手当をもらい、愛人バンク「夕ぐれ族」の好感度を高めるイメージキャラクター、マスコミ受けする広告塔として「お嬢さまオーナー」を演じていたのですキョロキョロ

 

世間の話題をさらに集めようとしてか彼女は、月刊『PLYAYBOY』の1983年12月号などで自身のヌード写真も公開しています。

 

 

*切り取り・加工は小川

 

【愛人バンク「夕ぐれ族」のつまづき】

ところが、すべてがうまく行っているように思えた時、思いがけない落とし穴が彼女らを待ち構えていました。

1983(昭和58)年8月末、「夕ぐれ族」のオフィスに泥棒が入って現金と会員名簿が盗まれたのですびっくりマークびっくり

 

犯人が盗んだ会員名簿を3千万円で買い取れと要求してきたため、それに応じるふりをして2人の犯人と接触した「夕ぐれ族」の従業員が彼らを取り押さえ、警察に突き出しました。

 

取り押さえられた泥棒

(『FOCUS』1983年9月16日号)

 

「夕ぐれ族」をマークしていた警察は、これを好機と会員名簿を証拠物件として押収し、それをもとに組織の実態解明に乗り出します。

 

警察が、会員名簿に載っている女性会員に事情聴取をしたところ、複数の男性を紹介されて「デート」するたびに3万円〜5万円を受け取っていたという証言を得ました。

 

うたい文句の通りであれば、互いを気に入った男女が当人同士で月々の「手当」を決め、ある程度固定的・持続的な愛人関係を結ぶはずが、男性会員の中にはそれよりも頻繁に相手を変えて女性と性関係を持ちたいという人が少なくなかったのでしょうか、実際には女性会員が紹介された複数の男性会員を相手にそのつど金銭を受け取って「デート」をするという、限りなく売買春に近い実態ができていたのだと思われます。

 

「夕ぐれ族」もそれを承知で「愛人」紹介=売買春のあっせんをしていたと判断した警察は、1983年12月8日、売春防止法の売春あっせんの容疑で筒見待子と窪田、営業責任者の男の3人の逮捕に踏み切りました。

 

先に触れた「夕ぐれ族」の実際の経営者が誰だったのかや、「筒井待子」の名前や経歴が偽称だったことなども、取り調べにより明らかになりました。

『FOCUS』1984年3月2日号

 

『週刊ポスト』1984年3月9日号

 

裁判では、首謀者の窪田に懲役2年執行猶予3年、筒見待子に懲役1年執行猶予3年が言い渡されました。

 

1984年3月24日に保釈され

自宅に戻った筒見待子

(『FOCUS』1984年4月13日号)

 

【筒見待子のその後】

その後、彼女は「筒見待子オフィス」を設立して活動を再開、1984年12月には「新・夕ぐれ族」を設立して会長になります。

しかし、当初は順調に会員を集められるかに見えた「新・夕ぐれ族」ですが、思惑どおりにはいかず失敗します。

 

参考人として呼ばれ

警視庁を出る筒見待子

(『Emma』1986年3月10日号)


そこで筒見は、また窪田と一緒に「無担保で3千万円以上を融資するスポンサーを紹介する」と称し、金融仲介業「スポンサーバンク」を始めます。

 

『FOCUS』1994年7月27日号

 

筒見待子の知名度を活かして雑誌などに広告を打ち、全国から多数の客を集めましたがこれは詐欺で、二人は1994(平成6)年7月16日に再び逮捕されました。

被害者は約250人、被害総額は約3億5千万円にものぼったそうですびっくり

 

二人を裁いた東京地裁は、窪田に懲役3年6ヶ月、筒見に懲役1年6ヶ月の実刑判決を下しました。

 

服役を終え出所した筒見は、もう華やかな表舞台に出ることはなく、実家の家業を手伝ったり普通の会社員になったりという噂が流れるだけで、その後の消息は分かりません。

 

時流に乗り「風俗」業界で一世を風靡した彼女も、1958(昭和33)年2月生まれですから、今では65歳になっているはずです。

 

サムネイル

小川里菜の目

 

小泉信一(朝日新聞編集委員:当時)は先にあげた『週刊朝日』の記事で、「「愛人」という言葉には背徳のにおいがする。それをビジネスと割り切ったのが、1980年代前半に出現した男女交際仲介業「愛人バンク 夕ぐれ族」である。」と述べ、時代背景については簡潔に「高度成長から高度消費社会へと移り変わろうとしていた時代」だったと特徴づけています。



 

高度成長期には、カラーテレビ・エアコンなどの家電製品や自家用車といった耐久消費財を購入して物質的生活を向上させたいと願う人びとの旺盛な欲求が経済成長を牽引しました。

 

しかし、戦後の高成長が終わった1970年代半ばからは、すでにある程度満たされ頭打ちになっている「生活に必要なモノ」の消費よりも、「個性」や「自分らしさ」を発揮できて「私のココロ」を満たしてくれるものへと消費欲求の対象が変化していきます。

 

そうした欲求をうまく掘り起こし自覚化させて消費行動へと誘導するのが広告業界の仕事です。

1982年にコピーライターの糸井重里が考案し、83年まで西武百貨店の広告で使われたのが、『週刊朝日』のタイトルにも愛人バンクの社会背景を示すものとしてあげられた「おいしい生活」というキャッチコピーでした。

 

 

食事にたとえれば、生きるためにカロリーや栄養素を摂取するのがそれまでの食事だったとすれば、楽しむためにお好みの美味しいものをおしゃれに食べるのが「おいしい生活」ということでしょうか。

西武の広告の文章のように「おいしい」には多様な側面があり、また何を「おいしい」と思うかは人それぞれ、主観的なものです。

 

1980(昭和55)年に人気番組「8時だヨ!全員集合」で志村けんが歌った「カラス、なぜ鳴くの、カラスの勝手でしょ」のフレーズが流行語となりましたが、「おいしい」とは「善悪」を超えた「独りよがりな楽しみ」でも構わないんだと受けとめた人もあったのではないでしょうか。

そういう社会の雰囲気の中で、「夕ぐれ族」を筆頭として「愛人バンク」という新しい性風俗業が大流行したのです。

 

愛人バンクの実態は、相も変わらぬ売買春だったのですが、それまでと大きく異なっていたのは、筒見の本の副題に「ハッピィに生きたいギャルとオジさまの「愛人バンク」」とあるように、「素人」の若い女性たち(ギャル)が大挙して「愛人バンク」の入会面接に押し寄せたことです。

女性の入会金が0〜10万円と先に書きましたが、容姿や年齢などで男性会員に好まれる女性はタダで会員になれ、そうでない人はそれなりに……ということだったようで、女性を選り好みできるほど多くの素人女性(女子学生やOLなど)が「夕ぐれ族」に引き寄せられたのです。

 

高度消費社会では、これまで商品として売買されてこなかったものが新たに商品化されましたが、愛人バンクで言えばそれは「素人女性の性」だったのです。

 

彼女たちの目的は、もちろん中年男性との性関係ではなく、まずはお金です。

筒見が持ち歩いていた小冊子に書かれていたという女性会員の次のような声が、『週刊朝日』に紹介されています。

 

「はじめまして。私、22歳。女子大生。155センチ、48キロ。バストに自信があります。35~55歳ぐらいのステキなおじさま、物心両面で私を成長させてください。」

「私、21歳。美術学校の学生。仕送りが少なく苦労しています。週1回ぐらいのデートをしてくださる経済的余裕のある方との援助交際を望んでいます。」

 

このように売春への心理的ハードルを引き下げた「援助交際」という言葉も、すでにこの時に使われていました。

 

筒見は、あるインタビューで次のように言っているそうです。

 

「私と同世代の女性たちは、6畳一間で共同トイレの生活は嫌なんです。」


かつては売春せざるをえない女性のほとんどは「6畳一間」どころではない貧困で、家族のため生活のためにやむなく「身を売る」という暗い影がつきまとっていました。

しかし「愛人バンク」に、「背徳のにおい」や暗さは(少なくとも表面上)みじんもありません。

 

彼女たちは、今よりワンランク上の「おいしい生活」を手に入れるための手段の一つと明るく割り切って「愛人」に応募したのでしょう。

その明るく楽しいイメージづくりに、筒見待子というアイドルのようなキャラクターはうってつけでした。

 

また、経済的に余裕はあるがもはや若くはない中年男性からしても、「商売女」ではなく「若い素人女性」を面倒なプロセスなしに安全なビジネスとして「愛人」にできるというのは、大きな魅力だったのでしょう。

男性会員には、大学教授や医師や弁護士など「いわゆるインテリ層が多かった」(伊藤)そうです。

 

「愛人バンク」は、お金のある男性がお金のない女性の性を買うという昔ながらの売買春の構図はそのままに、自分の性を商品化する女性の範囲が歯止めを失って広がるきっかけとなったのではないかと小川は思います。

 

「援助交際」も、1990年代に入ると「女子中高生」の性までもが売買されるようになり、今ではSNSの普及によってより手軽でカジュアルな売買春が、「パパ活」など抵抗感を薄めた新しいネーミングをまとって行われるようになっています。

 

そのベースには、男女の経済格差や女性差別、女性の貧困という問題があることを考えると、決して裕福な家庭で育ったわけではなかった筒見待子が、中年男に糸を引かれ「おいしい生活」への夢を手に入れようとして人生を誤ったことを、哀れにも思う小川です。


「夕ぐれ族」の会員だった19歳の少女

『FOCUS』1984年1月6日号


ニチメン元会長御曹司の「愛人バンク」

『FOCUS』1984年1月6日号


『FOCUS』1985年1月11.18日合併号




【参照資料】

・「愛人バンク「夕ぐれ族」筒見待子の転落人生」日刊ゲンダイDIGITAL2013年10月4日

・「社会現象となった「愛人バンク」 背景に「おいしい生活」」週刊朝日2016年4月8日号

・北原みのり「『パパ活』のリスクと闇」週刊朝日2017年7月7日号

・「愛人バンク『夕ぐれ族』で逮捕された女社長 会社員に転身」NEWSポストセブン2010年9月30日

・クールスーサン「夕ぐれ族」

 

 

読んでくださり、ありがとうございます🥰