結果論ですが、夫と私は良い組み合わせだったのだと思います。30年以上一緒にいて、ようやく最近そう思う、という話で、最初の頃はまさか私たちが今のようにになるとは思ってもみませんでした。私が夫と知り合ったのは、私が高校3年の、センター試験直前の年末、ラグビーヲタクの友達に誘われ、大阪近鉄花園ラグビー場に全国高校ラグビー選手権大会を見に行った時です。簡単に言うと、試合後の夫をラグヲタ友達と付き添いの私が「出待ち」し、友達が勇敢にも、獰猛な熊みたいな夫に声をかけ、一緒に写真を撮ってもらったのがきっかけです。つまり最初から、夫は言うなれば芸能人やタレントみたいな存在、対する私はone of them の1ファン、単なる一般ピープルといった立ち位置でした。そして、まさかそんなスターみたいな人が1高校生の私のことを気に入ってくれるなどとは思ってもみませんでした。

次に会ったのが、私の大学入試の合格発表後です。初めて会ってから3ヶ月くらい経っていました。合格を知らせるため夫に電話をしたところ、めちゃくちゃ喜んでくれて突如「今から行くわ!」と言って、最終の新幹線に飛び乗って来たのです。私と言えば当事者のくせに「なんか、この人、すごい」というような思いで、なんというか、一歩引いていたというか、珍しい動物を観察するような目で夫を見ていた気がします。その時は、もちろん、私たちは付き合っている訳でもなんでもなく、たった1回、たかが30分かそこら立ち話をしただけの関係ですから、標準レベルの好意は抱いていましたが、恋心とは到底言えるものではありませんでした。その時もまだ私はただの1ファンで、夫は芸能人みたいな感じで、好きとかそういう気持ちより、尊敬という気持ちが圧倒的でした。「とにかく凄い人」みたいな。

定期的に会うようになったのは夫が東京の大学に来てからで、しかし夫はラグビー部しかも寮生活の1年生ですから、当然自由に外出できるはずもなく、会うとしたら週末の日曜の夜から月曜でした。今みたいにスマホのある時代ではなかったので、連絡を取り合うツールは家電のみ(夫は公衆電話)。その頃から夫はまめに連絡をよこすタイプではなく、平日は練習とトレーニングと雑用でへとへと、他事を考える余裕などなかったと思います。毎週末会う理由も、その頃は「寮にいたくないから」と言っていたくらいです。なので、相変わらず私はただの1ファンマインドのまま、夫は貴重な天然記念物。毎週末会うのは天然記念物の観察が面白すぎたから、という感じでした。ひどい女ですよね。

運命を左右したのは、サーフィンとの出会いです。たまたま訪れた湘南の海でたくさんのサーファーが巧みに波に乗っている姿を見た夫が、「おもろそうやからやってみるわ!」と言うや、即座にサーフショップに駆け込みボードを借り、服を脱いでやり始めた(もちろん水着もウエットも持ってないのに)のですが、当然の如く最初は波に乗るどころか立つこともできない状態。しかし夫は何度も何度も繰り返し、すると間も無く一瞬立てるようになり、更に何度も繰り返すうち、次はほんの僅か波の表面を滑ることができるようになったのです。昼から始めて日没まで、ずっと。私が驚いた、というより圧倒されたのは、絶対諦めない姿勢でした。もう本気。私はビーチに座って観察を決め込んでいたのですが、夫は水分補給のため陸に上がってきても、表情は本気モードのまま、二口三口水をごくごくっと飲んでは「行ってくるわ!」と海に戻るの繰り返し。まるでラグビーの試合中。いやーこれは凄いわ。この執念は一体なんなの?ただの気晴らしじゃなかったの?私は私で半日放って置かれたにも関わらず、全然退屈じゃなく、夫が無様に頭から水に墜落する姿に抱腹絶倒したり、一瞬波に乗れた姿に喜んだりで、なんだか質の良いドキュメンタリーを見ているような気分でした。