さて、金曜日の上棟から3日明けたが、祈りは通じて上棟の日は雲1つない快晴だった。

まるで真夏日のように暑くなり、見学していただけで顔や腕を日焼けした。
新母家が現れて、やはり如来は居られると実感し、感謝の南無阿弥陀仏を唱える("⌒∇⌒")。
こうして新しい家を建てて貰えるのも、みな人様のお陰である。
まことに感謝の念に堪えないところだ。
もはや家を建てるという意味よりも、芸術的作品を建てたという意味が強くなり、1箇所の些細な外観上の失敗が気になるほどだ。
あくまでも作品として考えるとという意味になるが。
人間、欲を出せばきりがないが、二度とやり直しが利かない家には、どこまでも最良を求めておいても悪くないだろう。
お金が嵩むことも忘れてしまって、建てる前には良いものに拘っておく。
そして、結婚と同じで、実際に建った後には極力目を瞑ることにする。
後から変わらないものは、考えるだけ辛いとも言えるから。
私の家のテーマの1つは、仏壇を中心に添えることであり、リビングと和室を、離れていながらにも仕切らないようにしたことである。
家の内装はこれからだ・・・。
ひとまず外観に満足し、感謝いたしまする。




まるで真夏日のように暑くなり、見学していただけで顔や腕を日焼けした。
新母家が現れて、やはり如来は居られると実感し、感謝の南無阿弥陀仏を唱える("⌒∇⌒")。

こうして新しい家を建てて貰えるのも、みな人様のお陰である。

まことに感謝の念に堪えないところだ。
もはや家を建てるという意味よりも、芸術的作品を建てたという意味が強くなり、1箇所の些細な外観上の失敗が気になるほどだ。

あくまでも作品として考えるとという意味になるが。

人間、欲を出せばきりがないが、二度とやり直しが利かない家には、どこまでも最良を求めておいても悪くないだろう。
お金が嵩むことも忘れてしまって、建てる前には良いものに拘っておく。
そして、結婚と同じで、実際に建った後には極力目を瞑ることにする。
後から変わらないものは、考えるだけ辛いとも言えるから。
私の家のテーマの1つは、仏壇を中心に添えることであり、リビングと和室を、離れていながらにも仕切らないようにしたことである。
家の内装はこれからだ・・・。
ひとまず外観に満足し、感謝いたしまする。


