仕事をしていると、時折り、一体なぜ今の自分がここに居るのかが分からなくなる。
どうやってここまでの道のりを歩いてきたのかなど。
技術屋をほとんど卒業し、文章屋となって、人のアイデアをまとめる仕事をするに至っている。
なんで技術屋だったのか分からなくなり、なんで文章屋なのか分からなくなる。
ただ、今の仕事には、一人静かに過ごす時間が与えられているのだと思う。
いろんな瞑想をすることが可能だ。
もともと外への道は少なく、内への道が多く与えられている仕事である。
生まれてから亡くなるまで、いろんな可能性はあるはずだが、その違う可能性を求める気もあまりなくなってきた。
過去にどうしていればどう変わっていたかを思うことはあっても、未来にどうしたいかを思うことが少ない。
そもそも自分に起こったあらゆる出来事、自分が行ったあらゆる選択は、すべてがちっぽけなものである。
それに世の中の出来事など、どれを取ってみても些細なことに過ぎないと思われる。
愚かであって、ちっぽけな自分と向き合えば、何を考えて何をやってもいいし、逆に何もしなくてもいいと思える。
期待すること、期待されること、すべては人生ゲームの中の役者に対することに過ぎないだろう。
いい役者は演劇の中に埋没するものだ。
今の私には仕事に没頭する活力はない。
ただ、こうして働けることがありがたいだけだ。
私は、仕事をする中で、付加価値だけでなく、人としての心を大切にしている。
いいものは、心あるものから生まれるはずだからだ。
(ナーマンダーブ星人
)
(チーン
)