時おり、今の仕事をしていて虚しくなる。


間違った言い方ではあるが、この社会、ものづくりなど実質的に仕事をするよりも、机上で仮想的に仕事をする方が金銭的には恵まれる。


しかし、机上での仕事にも、時おり虚しさを感じるものだ。


実質的には何も生み出していない。


もちろん権利となる文章は生み出しているが、これはほとんどが保険と同じようなものである。


技術屋等として技術を追うことの虚しさ、営業屋・心理屋等として人を追うことの虚しさ、文章屋として文章を追うことの虚しさ。


いずれも虚しさが残る社会だと思えないだろうか。


すべては、稼ぐため、富のため、人の欲求を満たすため。


人の真理に近づけば、世の中の出来事のほとんどが虚しいことになってしまう。


だから、人は真理に近づかず、真理から離れることによって、明日の欲求を満たすことに集中できるのだろう。


経済成長が人にとって何を意味するのか。


学校にしても、会社にしても、枠からはみ出る者は、何か異なる視点で人の欲求を満たす仕事をしなければならない。


どこまで行っても、欲求を満たすことから遠ざかることはできないのだ。


言い換えれば、欲求がなくなった人間は、リタイヤを意味し、人の真理に近づくということになる。


現役として生きることがこのように難しいと思うのは、現代ならではのことなのか。


それとも、個人的な性格から来るものに過ぎないのか。


この生きることの難しさの問題は、おそらく現代人のほとんどが抱えているものだ。


結局は、人が持つ欲求を自分も持つということが、一番楽で、手堅い考え方になってしまうのだ。


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