論理療法によれば、思考が感情をつくるとのこと。

確かにそれはそうだ。

考え方を変えれば、感情も変わるし、行動も変わる。

良い雰囲気はプラスの考えを誘引し、悪い雰囲気はマイナスの考えを誘引する。

悪い雰囲気につられて、誰しもマイナスの考え方を勝手につくってしまう。

これがマイナスの感情をつくり、余計に雰囲気が悪くなる。

悪い雰囲気に慣れるには、それを受け入れ、自分も悪い雰囲気をつくる要因になることだ。

論理療法によっても、「こうでなければならない」感情が、論理性を欠く場合には、これを論理的に修正すればよいとのこと。

ある部分では妥当するし、ある部分では妥当しないだろう。

理系の人って人間が好きでない人が多いのかな。

ちなみに私は中学を出てから理系の道を進んでいるが、特に若いとき、理系の人間観が好きではなかった。

インセンティブを考えても、モチベーションをあまり考えないのが理系の人間観のように捉えていた。すべてがそうでないと思うが。

ただ、気持ち、感情とは別に、続けていれば必ず興味を引かれるものが出てくる。

若者の離職率が高くなる就業感は、中年にも当てはまると考える。

若者と中年は就業感において、最も危機に曝されると言ってもよいだろう。

個人の価値観と社会的価値感とのギャップに敏感になる年齢期である。

若者の場合、これから始めるのに、本当に適切であるかを悩み、中年の場合、ひととおりやることはやって来たから、残りの人生をそのまま継続してもよいかで悩む。

若者の場合、未知の世界に不安を感じ、中年の場合、既知の世界に自分で限界をつくってしまったことに脱力感を感じる。

両者は遠からず近からず、共通点があり、お互いを励まし合うには適していると考える。これがキャリヤコンサルタント?

いずれにしても、物質的に作られた世の中は惨めである。

その惨めさの中に投身するか、惨めさを自らの意思で克服するかのどちらかである。

惨めさから逃げてしまっては、何も解決にならず、何も得られない。

トランスパーソナル心理学に、また浸りそうな予感も・・・。

盛んにパラダイム変換を言っているが、若干危険な香りのする心理学である。

ただ、普通は考えもしない、科学
を超えた飛躍的、哲学的、宗教的な人間観が新鮮で、好きな人は虜になるような恐ろしさを秘めている。

トランスパーソナル心理学の行方は?

ただ、人間観を複雑だけで片付けてしまっては、無能のように思われてしまうが。

ここ100年ぐらいでの人間観は、経済人→社会人→自己実現人→(複雑人)と変化しているようである。

なぁ~るほどって感じである。