皆さん、こんにちは。リナです。

今回は、私の中学生時代に経験した「中学時代一番悔しかった出来事」についてお話ししたいと思います。

「英語暗唱大会に出場できなかったこと。」

そう聞くと、「え、それだけ。。。?」と思う方もいるかもしれません。

ですが、当時の私にとっては、自分の存在価値を左右するほど大きな出来事でした。

「勉強ができない子」というレッテル

単刀直入に言うと、私は勉強が得意ではありませんでした。

テストで少しでも良い点数を取りたくて毎日机に向かい、塾にも通いましたが、努力に反して結果はなかなかついてきませんでした。

その頃の私は、先生から「勉強ができない生徒」と見られ、どこか雑な扱いを受けていると感じていました。家でも勉強のことで叱られることが多く、「私はできない子なんだ」という思い込みが少しずつ心の中に積み重なっていったのです。

ちなみに私は4人兄弟です。

兄と妹2人は県1、2番の偏差値を争う中高一貫の進学校へ進学し、もう一人の兄も高校は進学校へ進学しました。

家族の中で、成績が一番振るわなかったのは私でした。

もちろん家族は私を否定していたわけではありません。

それでも、周囲との比較を繰り返すうちに、

「私は頭が悪くて当たり前。」
「褒められなくて当たり前。」
「期待されないのが普通。」

そんな考えが、いつの間にか自分の中で当たり前になっていました。

唯一、自信を持てたもの

そんな私にも、一つだけ自信を持てるものがありました。

それが、英語の発音です。

幼い頃から海外の文化が好きで、気になる英語のフレーズがあれば一人で何度も真似をして発音を練習していました。

自分で言うのも恐縮ですが、発音だけは周りの誰にも負けないという自信がありました。

そして中学校で「英語暗唱大会」があることを知ります。

各学年から代表者が選ばれ、学校を代表して出場する大会です。

私は「これだけは絶対に挑戦したい」と思い、毎年オーディションを受けました。

当時の私は、本気でこう思っていました。

「発音だけは認めてもらえるかもしれない。」

だから何度も練習を重ね、自信を持ってオーディションに臨みました。

3年間、選ばれることはなかった

しかし、結果は3年間すべて不合格。

毎年オーディションを受けるのは、私を含めてほぼ同じ3人でした。

これは負け惜しみに聞こえるかもしれませんが、発音だけで言えば、私は一番自信がありました。

一方で、選ばれていた2人は成績優秀で、生徒会役員を務めるような優等生でした。

さらに担当の英語教師からも非常に信頼されていました。

もちろん、本当の選考理由は今でも分かりません。

ただ当時の私は、「先生には最初から私は候補に入っていなかったのではないか」と感じるほど、先生の私への接し方には大きな温度差がありました。

だからこそ、「努力だけでは評価されないこともある」という現実を、中学生ながら痛感しました。

一番悔しかった日

1年生、2年生の頃は「来年こそ」と前向きに切り替えることができました。

しかし最後の3年生。

不合格を告げられた瞬間のことは、今でも鮮明に覚えています。

先生の前で声を上げて泣いてしまいました。

今思い返しても、胸が締め付けられるような感覚になります。

私が欲しかったのは、大会への出場だけではありませんでした。

あなたの努力はちゃんと見ていたよ。

その一言が欲しかったのだと思います。

唯一、自信を持っていたものまで認められなかった瞬間、

「やっぱり私は誰にも認めてもらえないんだ。」

そう思ってしまいました。

悲しみは、やがて原動力になった

その悔しさは、次第に怒りへと変わっていきました。

「いつか絶対に後悔させてやる。」

そう書いた付箋を机に貼り、毎日眺めながら過ごしていました。

後に妹がその付箋を見つけて、「ちょっと怖い……」と言っていたのも今では笑い話です(笑)。

結局、その3年間で学校代表になった生徒が大きな結果を残すことはありませんでした。

そして卒業アルバムには、担当の先生からこんなメッセージが書かれていました。

「英語暗唱大会、リナさんを出せば良かったと後悔しています。」

その言葉を見た瞬間、複雑な気持ちになりました。

嬉しいというより、「もっと早く認めてほしかった」という思いの方が強かったのを覚えています。

この経験が今の私をつくっている

この出来事を通して、私は一つ強く思うようになりました。

人は、たった一度の評価や、たった一人の大人の言葉で、自信を失うことがあります。

逆に、たった一言の励ましで、大きく成長できることもあります。

もし当時の私が平等に評価され、自信を育ててもらえていたら、違う未来があったかもしれません。

もちろん過去は変えられません。

ですが、この経験があったからこそ、私は今、人を見るときに肩書きや成績では判断しないよう心掛けています。

誰に対しても公平に接すること。

努力している人をきちんと認めること。

それが、私がこの経験から学んだ一番大切なことです。

過去の悔しさは消えません。

でも、その悔しさが今の自分の価値観をつくり、人への接し方を教えてくれました。

だから今では、この経験にも意味があったのだと思っています。


これが私の中学時代いちばん悔しかった事です。

皆さんの悔しい思いから原動力となり成長した経験もぜひ教えてください!

それではまたねーーSee yaaaaa!