その日は、特に何も無く過ぎていった。小夜に和樹くん、悠磨くんは私に気を遣ってくれているようで、ずっと一緒にいてくれた。
グダグダとした授業もあっという間に終わり、私は放課後を迎えていた。
「ねえ、杏ちゃん。今から御鷹観光、しない?」
4人で歩いて御鷹神社まで来た時、小夜がそう言った。
その言葉に和樹くんと悠磨くんも立ち止まる。
「あー、俺は今から親父の手伝いあっから断るわ」
和樹くんは頭を掻きながら言う。そんな彼に小夜は「別に和ちゃんと行こうなんて言ってないよー」とからかうように言った。
「悠磨は? 一緒に行けば?」
「え、いや、僕は……」
和樹くんの言葉に悠磨くんは目を泳がせる。
「え?悠ちゃん、用事、無いでしょ?」
「えっ……あ、いや、その……あっと……」
まさに、しどろもどろ、と言った感じだ。行きたくない言い訳を考えている様にしか見えない。
そう思ったのは私だけでは無かったようで、小夜がニヤリと不敵な笑みを浮かべて、彼に言った。
「あー、私が邪魔なのかなぁ? へへへ、じゃあ帰ろうかにゃー」
「はっ!? え? ちょ、小夜っ! そういうわけじゃ……」
悠磨くんが更にうろたえる。小夜はその様子を見て、更にからかう。
その光景を私はずっと見てきたような錯覚を覚えた。ずっと前から私はここにいて、ずっと前から皆と一緒にいたような、不思議な既視感。どこか懐かしい、けれど新鮮な、とても奇妙な感覚だ。
「……隙あり!」
小夜が少し目線を彼からそらした途端、彼は神社の西側の鳥居に向かって走り出した。私がそれに気付いたのと同じ頃に小夜も彼の脱走に気がついたらしく、追いかけ始める。彼女の耳の横で結われたツインテールが軽やかに揺れる。
「待てーいっ! 貴様、私に捕まらぬとでも思っているのかあー!」
「うっ……!」
悠磨くんもそこそこ速いが、明らかに小夜の方が速い。田舎の子は足が速いとは聞いていたが、どうやら都市伝説とやらではなかったようだ。
「はい、確保ー。私を甘く見ちゃいかんよ、岡本くん」
「もう勘弁してくれよー……、げほげほ……」
悠磨くんが小夜に夕日をバックにしてこちらに連行されてくる。彼がせき込むごとに、彼の肩が小さく震える。
「というわけで、御鷹観光にごっつられーっ! 和ちゃん、また明日ねー」
「おう! 悠磨と杏璃も、じゃあな!」
「げほっ……、バイバイ」
「じゃあね、バイバイ」
私たちは和樹くんに別れを告げた。彼は小走りで神社の東側の鳥居をくぐる。
「うーん、それじゃあ、どこから案内しようかなぁ」
小夜がきょろきょろとあたりを見回す。
悠磨くんは神社の本殿の賽銭箱の前の階段に腰掛けて空を仰いでいる。
私はどうしたらいいのか分からず、神社を見回してみる。
今、私がいるのはちょうど本殿の前の神社の中心にあたる部分。そもそも、この神社は造りが少々変わっているようで、小さな浮島のような所に鎮座している。村を走る4本の主要な川。その川の水がこの神社が浮かぶ、御鷹池に流れ着くようになっているようだ。
昨日、父さんがリビングに置きっぱなしにしていたこの村の地図を軽くみただけだが、ここが十分変わった地形であることが理解できた。綺麗に村を4つに分けるように流れる4本の川。その川と川で区切られた区間を、方角になぞって「東御鷹」「西御鷹」「南御鷹」「北御鷹」とわけているらしい。私の家は、北御鷹にあたり、学校は南御鷹だそうだ。しかし、そのような対角に存在する地区は、池が邪魔をして、そこへの移動が難しくなってくる。そこで、その対策として設置されたのが、その地区に1つある、神社へと架かるレンガ造りの橋だそうだ。その橋を渡れば、神社へと行くことができ、そこから別の地区にも簡単に行けるというわけだ。
だからなのか、この神社は神社とは思えないくらいにさっきから頻繁に人が歩いている。
「小夜、用がないなら僕帰るけど」
悠磨くんが沈黙にしびれを切らしたのか、小夜に歩み寄る。
「悠ちゃん」
「何だよ。真剣過ぎて、妙に気持ち悪いぞ」
「あそこ、ユーフォー飛んでる」
「え? ほんと?」
悠磨くんは見事に小夜の指差した方に視線を移す。
彼はかなり、純粋なようだ。
「どこ?」
「うっそぴょーんっ!」
「……僕、帰るよ。ほんと、帰るから」
そう言い、悠磨くんは西側の鳥居に足を向ける。
「悠ちゃん、後ろにみっちゃん」
「もう騙されないよっ!」
そう言い、悠磨くんは早歩きで鳥居をくぐろうとする。すると、襟首を背後から掴まれバランスを崩した彼は、その主に受けとめられる。
「あっははは! 残念、今度は本当でしたー」
巫礼ちゃんだった。
鳥居の影から深夜と今朝、たくちゃんと呼ばれていた男が顔を覗かせる。
巫礼ちゃんに羽交い絞めにされる悠磨くん、それをひたすらからかう小夜と深夜にたくちゃん……、柏原拓斗。
この日常が愛おしい。
日常の崩れを知ってしまった私には、この光景がいやに愛おしくて、涙を流してしまった。
それに気付いた皆には、迷惑をかけてしまった。
それがまた愛しくて、私は涙が止まらなかった。