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今日は、天気を見ながら行っている森林浴で訪問した、お寺についての記事を書きます。

韓国、江原道原州の亀龍寺の大雄殿です。
(江原道有形文化財第24号に指定)
原州亀龍寺は、原州八景の第一景にあげられる、由緒あるお寺です。
666年(資料によって若干違いがあります)新羅文武王の時代、義湘和尚によって創建されました。
お寺が建立される前は、ここに9匹の龍がいたそうです。
和尚様との話し合いの末、9匹の龍達はここをあとにしました。
それで九龍寺となったのです。
以前読んだ資料では、この龍のうち一匹は盲目であったので、ここをあとにしたあと方向性がわからなり、東海(日本海)を渡って日本に行き着いた、という逸話もありました。
その後九龍寺は、名だたる高僧がここを拠点にしました。
しかし李氏朝鮮中期に、このお寺の勢いが影を潜めます。
その時、ある老人が、
「お寺の入り口にある亀の岩が、この地の龍脈を衰弱させているので、その流れを断ち切りなさい」
と言われ、その通りにしました。
しかし、その後もお寺の勢いは回復しなかったので、その龍脈をもう一度復活させるという意味から、お寺の名称を呼び名を変えず漢字を変更したということがあります。
それで九龍寺が亀龍寺になったのです。
一番最初にこの逸話を読んだ時、何を後世に残したいんだか、と感じました。
しかしかなり韓国語を学び、歴史を学ぶと、
「この老人は政府の士林派の役人で、廃寺にすることを要求し、いったんは受け入れたように見せかけて、実は仏の教えを捨てたのではなく、名前を代えて生き残ったのではなかろうか。」
真っ向から政府の仏教迫害政策に反対できないので、生き残るために行った数々の内容を、このような逸話に残して後世に伝えたかったのではないだろうか、と今は考えています。
実際、李氏朝鮮の時代に廃寺となり、近年になって復興させたお寺は、原州に相当数あります。
もちろん、復興されたお寺よりも、そのまま廃寺となったものの方が多く、今は地名を通じて、以前ここにもお寺があったんだなぁ、とわかることがたくさんあります。
むしろ亀龍寺のように、廃寺にならなかった方が、珍しいのかもしれません。
韓国仏教の歴史については、下のリンクの記事で扱っているのでそちらを参考にしてください。https://ameblo.jp/rin8288/entry-12608800376.html

こちらは亀龍寺の入り口でもある、雉岳山国立公園の入り口のすぐにある黄腸禁標です。
雉岳山一帯の松の無断伐採を禁止しているという内容です。
史跡として残っているのは、ここだけだそうです。

この橋を渡ると、参道とトレッキング道、両方が出てきます。

大雄殿の前に位置する四天王門の中の様子。

四天王門を通り抜けるとこの階段が現れます。
上の写真を通り抜けると、大雄殿があります。

大雄殿の後方にも建物があります。
亀龍寺は、大雄殿の他にも江原道有形文化財に指定されている建物があります。
境内には、保護されている銀杏の木もあります。
一つの記事でお伝え出来ることはとても限られているので、また別の記事に続編を書きますね。
お健やかにお過ごし下さい。








