ブログに訪問して下さり、ありがとうございます。





めずらしく連日更新なんて、めったにしないのですが、
ちと思うところがあって、記録しておきたいと言うのが本当のところです。

コウケンテツさんの動画を見て、作ったジャガイモのガレット風ですが、
茶色を通り越して、黒くなってしまいました。
まぁ、いいや。
となりのスーパーに行ったら、ジャガイモ5個、けっこう大きいサイズが1000ウォン(約100円ぐらいと思ってます。最近はレートが変化しましたよね。)だったので、真似してみました。
美味しく食べれたので、自分的にはOKです。

(ジャガイモの花🌷)
昨日、ある知人から連絡があって、
ブログをずっと拝見しているけど、もっと購読者を増やしたりアクセス数を増やしたりする方法ありますけど、
と言う内容でした。
この知人はソウルで何度かお目にかかっていて、
私とは違って、活発でハキハキしていて、興味のあることには躊躇なく飛び込んで、そして成果を上げておられます。
日本語の講師をなさってますが、ブログを見ても、FBを見ても、
「海外に来ても、こんなに活躍出来るってすごいよなぁ。」
と、思わずにはいれません。
ソウルと江原道の原州という違いはありますが(わたしも、ソウルだったらきっとここまでにはなってなかっただろうと思うことは、正直たくさんあります。)
でも、それだけではないことも事実なのです。
羨ましいと言う思いがないと言えば、ウソですが、
こうして韓国で活躍している日本人がいてくれることは、とても心強く、鼻が高いです。

(ベンチで寝っ転がって撮影)
ブログについて悩んだら、彼女に相談すればいいと、ずっと思っていました。
こうやって記事を上げてる以上、購読してくれる人がたくさんいて、アクセス数が増えて、あんさん(中道あんさん、アメブロのトップブロガーで本も出版されています。)みたいになれたらいいよなぁ、とも思います。
わたしは文章を書くことがとても好き、です。
でも、同時に文章を書くことがとても嫌い、でもあるんですね。
コトバにすると、こういうふうにしか著せないのですが、
おそらく、幼い時から自分と自分自身がとても解離(自分自身から離れてしまっていた)していて、うまく自己表現ができなかったことがストレスだったのに、
文章を書く時だけ、は自分に正直になれた、という経験が大きく影響して、
それで書くことにはまり、
書けなくなった30年以上の歳月の途中でも、書きたいと思っていたのは、
自己表現することの出来る唯一のツールを失いたくない、という執着にも似た思いからだったのだと今は感じています。
自粛のお陰で、体力的にも余裕が出て来て、
放っておいても動画を見て料理のレパートリーを増やしたり、
手造り石けんを作ってみたり、

(正真正銘の手作り石けん)
心と体と時間に余裕を感じることが出来れば、ふだんは面倒くさいと思ってしなかったことも、けっこうするんだなぁ、という自分を発見しました。
まぁ、通常なら時間があれば、どこか(多くはソウル)に行っているのに、どこにも行けない、という制約があったお陰ですよね。

書くことは好き、だけど、嫌い、なわたしがなんのためにブログをやっているのか、
もう少し目的が明瞭になったら、相談しますので、その時は宜しくお願いします、と、最終的に返事をさせて頂きました。
書く、というのは筋トレに似ていて、書かなくなったら猛スピードで表現力が落ちます。
逆に、書くのは苦手、と思っていても、毎日3行でも文章を書いてると、だんだん力がついてきて、表現したいことに、適切な単語を用いて著せるようになるので、
自己表現も出来るし、心の整理が勝手に出来て来ます。
ブログに記事を書いてるのは、わたしにとっては筋トレと同じ側面を持っているのだな、と、認識出来ました。
生き辛い、というコトバが生きて来たわたしの中でいちばん多くの面積を代弁してくれる言葉です。
それがどんなにジワジワと心と体を蝕み、自分の意志にかかわらず本来の在り方から解離してしまう原因になるのか経験的にわかっているので、
本能的に生きようとする何かが、適切な自己表現する方法を発見させてくれたのでしょう。
生き辛かった大きな原因は、
内面的な問題が大きかったです。
本来の自分と解離してしまった自分を統合していくことは、不断の努力が必要ですし、今もその途中です。
じゃ、内面の矛盾が解決したら生きやすなるのか?
もちろん生きやすなります。
でも、それが全部ではないとも感じます。
この虚構の世界に生きて来て、
「なんで、一日8時間も労働して、月に4〜6日しか休んでないのに、家を買うのに30年のローンを組まないといけない世の中って、いったい何なの???」
ということが(もちろん他にもありますが)今の社会構造にたいする疑問の始まりだったようです。
なので、自分軸から解離したまま何かに流されていないかどうか、冷静に見つめることも必要です。
と、これぞエッセイか随筆か、感じたことを感じたままに書いて見ました。
あ~、なんかスッキリしました。
独り言に付き合って下さりありがとうございます。
自己解離した自分に寄り添ってくれたパリのおじさんの記事はこちらから、
皆様、お健やかにお過ごし下さい。

